東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『本を読みおわらない』

台風が過ぎてから徐々に涼しくなっていて、朝晩は肌寒いくらいになってきた。窓を開けて寝ていると寒くて目が覚める。日中は陽射しが強く暑く感じられる時もあるので、服装が迷うが、上着をはおっても平気な季節になってきた。

 

とある仕事で、普段あまり読まない恋愛が題材の小説を読む。それはそれで小説としての味わいを楽しみつつ読んでいる。

 

台風は過ぎたけど、千葉の方は被害がとても大きく、ライフラインが止まっているという。ニュースでは内閣の人事ばかり。東京に住んでいると被害は他人事にようになってしまうが、それにしてもなんだかいろいろなことが他人事のように進んでいく。消費税は本当に10月にあがるのか。まぁ、あがるのだろうけど、それもなんだか曖昧ではっきりしないままずるずる進んでいる気がする。

 

大人と子供の境目は良くわからない。僕は自分の振る舞いが時に子供だなぁと思う時もある。子供が何かといえば、勝手に決めるなら、何かの選択がある場合、自分のやりたいことを優先したいと振る舞うことではないかと思う。が、とかく、子供の場合、自分のやりたいことが自分一人で行えないときがある。何かを欲しいと思ってもお金が足りない時もあるし、どこかへ行こうと思っても一人で行けないときがある。そういう場合、親や友人にあたってみるしかない。定義づけの必要もないが、大人の振る舞いとは、制約を理解して飲み込むところは飲み込むし、責任を持って背負うところは背負うことだと思う。つまり我慢するか、しないか。では、自分が自分に課せられた責任を、ちゃんとやりきれてるか、やりきれてないか、それはなんともいえない。他者によって評価がなされてしまうのであれば、その他者の評価に拠るしかないだろうし。何か評価されたことを覆そうとは思わない。そう思われるならそうなのだろうし。自分でもやれているのかどうかもわからない。もちろん自分についての責任は負うし、その覚悟はある、すでに自分は家族なり、なんなり、自分だけではなくて、いろいろな責任のあるポジションも担っていて、それについても責任を背負わねばならないというのは、頭では理解している。が、理解はできていてもそれをきちんと飲み込み切れずにいる部分もあるので、それが、やっかいだ。

 

金曜。仕事終わりにレイトショーでも観ようかと映画館でラインナップを観るが、どうもグッとくるものがなく、新宿のエジンバラで、仕事で読む小説を読んだり、仕事をしたり。と、いうのも、急遽、その本を次の人に回さなければならなくなり、急ぎ読まねばならなかったからだ。エジンバラは24時間やっているので時間を気にせず過ごせるが、夜は夜でお店にいる人たちはいろいろ想像力が膨らむ人たちが多い。25時過ぎくらいで、4/5くらいまで読み進めたもののそこで限界。歩いて家に帰る。金曜の新宿は賑やか。横目に明治通りを歩き、帰る。月がとても綺麗だった。中秋の名月。もうそんな季節。正確に測ったわけではないが、歩くスピードが速くなっている気がする。