東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『20年/電車に乗っているとき見たいろいろ』

なんやかんやと慌ただしく、日記を書く時間を作れない。早朝から起きだすときもあれば、夜遅くなる時もある。

猛烈な寒波が来るという。実際、風は冷たく、寒さは厳しい。翌日はさらに気温が下がり、東京でも最高気温が5℃やそこらだという。雪になるんじゃないかと言われているが、仕事もあり雪は降らないで欲しい。

仕事が慌ただしいのはそれほど苦ではなく、なんというか、仕事モードに入っているので、わりと集中力は保っている。

とはいえ、いろいろとある。やっていることがなんとも徒労と感じることも多く、そういったことが続くと、さすがに何とも言えない気持ちにもなる。

高橋幸宏さんがお亡くなりになったニュースを知る。70歳。父が亡くなった時期と重なる。まだお若い。自分のこともいろいろ考える。0としても、体調を崩したり、闘病をされていた期間を考えれば、40半ばになり、本当に折り返していることを実感する。仮に、元気に生きれる時間が、60歳までとした場合、20年ごとに人生を区切れば、大学に通い始めるまでの20年が過ぎ、社会に出てから、今に至る20年が終わり、最後の20年が始まっている。もちろん、80歳までを区切りと考えるならば、まだ第三段階かもしれないが、それでも折り返しているし、起承転結でいっても「転」の時期ではある。

先日、ふと、電車に乗って移動していた時、乗換の駅でホームを歩いていたら、自転車を抱えて歩いている方がいた。最近よく目にする折りたたみが出来るおしゃれな自転車というわけでもなく、いわゆる普通のママチャリで、なぜ、それを抱えて電車のホームを移動しているのだろうと不思議が気持ちになった。それから、さらに電車に乗って移動していると、とあるホームのベンチにリュックだけが置いてあり、誰かの忘れ物かなと眺めていた。急行の通過待ちでしばし、電車は停まっていた。すると、大きな集音マイクが、窓の外にすっと現れて、ヘッドホンを付けた男性が、ベンチに置いてあるリュックのところに歩いてきた。電車の音を録っているようだ。きっと通り過ぎていった急行の音を録れて満足だったのかもしれない。

急ぐ移動でもなかったので各駅停車に乗っていた。目の前の空席に、若者が座った。スマホを開いて、大きな身振りで画面を眺めている。詳しくはわからないが手話なのだと思う。どんな会話がされているのかわからなかったけれど、何か、ちょっとしたダンスのような動きで、カメラに向かって手を、顔を動かすそのしぐさがなんだか面白かった。ようやく目的の駅について改札に向けて歩いていると、ベンチに座る二人組がいた。ご年配の婦人と、40代半ばだろうか男性の二人組。婦人はかなり歳を召されていて、何かを男性に語っているように見えた。男性は、なにかうんうんと頷いている。

自転車、録音、手話、年配の方と男性の対話。脈絡なく、ランダムに、たまたま出会ったそれらの風景がなんだか印象に残った。

お腹が空いて入ったラーメン屋で、九条ネギラーメンというのを食べた。歯ごたえしゃきしゃきでおいしく満足して店を出て、しばらく経ってから、マフラーを忘れてきたことに気づいた。取りに行くのも面倒に思えるほど遠ざかってしまい、もはや諦めの境地。

たまたま、とある遊園地のアトラクションの乗り物の、年齢制限をしる。それなりに絶叫系の乗り物ではあったが、64歳までしか乗れないと注意表記があった。あと、20年後には乗れなくなる。やはりいろいろなことが折り返しを過ぎている。

1月も後半。寒さも厳しくなっていく。