東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

また逢いましょう

■ そういったわけでフラフラの状態で、今、仕事場にいる。打ち上げの席で少しは仮眠を取ったものの、やはりしんどい。

■ 公演は終わった。ただ、終わったなと思うばかりだ。正直、自分が書いていない作品に、役者としてのみで参加していると、この終わった気分にどういった採点を下していいのか判断しかねる。採点というか決着か。いや、そんなこともいらないのかもしれないが。とりあえずボーっとしている。以下、あらまし。

■ 13日(木)。夜勤明けにそのまま劇場へ。もう仕込みでてんやわんやしているのかと思いきや、劇場内は思いのほか静かだった。どうも舞台組みには舞台監督を含めた数人だけしか携わっておらず、残りの役者は楽屋でのんびりしているらしい。立て込みがそれほど多くない芝居なので、あまり人手がいらないとのこと。そんなもんなのか。とにかく仕込みに関しては舞台監督に任せきりなので、そう言われてしまうと何も行動できない。そういったわけで、僕も楽屋でボーっとしていた。これまで経験した仕込みの中で最ものんびりとしていた。ところが舞台が中々完成しない。地味で、人手が要らないというか、なんだか効率が上がらない。夕方ごろになってやっとどうもいかんなぁという雰囲気が漂いはじめたが、アレヨアレヨという間に時間が過ぎて、結局その日、仕込みは終わらなかった。音響、照明を入れた場当たりが次の日にまわされる。いきなり不安なスタート。日中ののんびり加減はなんだったのか。

■ 14日(金)。泣いても笑っても初日。しかし、まだ舞台上で稽古すらできていない。とにかく舞台や照明、音響の作りこみを仕上げてから、早急に場当たり。照明、音響のきっかけや立ち位置を精確に決める。この時点で既に15時。開演は19時。ギリギリになってしまうがなんとかゲネプロをする。それから素早く客席設営。開場を急遽10分遅らせることになった。バタバタとする。それでもなんとか無事終了。終演後、見に来てくれた友人と話す。話はよく分からなかったとのこと。やはりいきなり見る人には難解なのだろうな。久々にあった友人といろいろ話す。とにかく無事終了しただけでもほっとする。本当は芝居のクオリティのことを考えなくてはいけないのだろうけれども。

■ 15日(土)。生憎の雨。公演の時の雨は何かと厄介だ。お客さんのテンションも低い。しかしこればかりは仕方がない。この日から昼夜2回公演。テンションを持続させなくてはいけない。とは言うものの、僕の出番は芝居の真ん中辺に20分くらいなので、序盤と終盤は楽屋でのんびりしている。で、ついつい楽屋ではしゃいでしまう。楽屋に出入りする役者や制作さんにくだらないちょっかいをだして、ヘラヘラしている。おそらくまだ出番のある役者からしてみたら邪魔な男だっただろう。終演後、役者のMくんがよく出ている劇団の人たちの飲み会に誘われる。人見知りではあるが、がんばって参加。Mくんはとても楽しそうだった。今回も芝居の稽古の時に、Mくんはムードメーカーになっている。空気を和やかにしてくれる。その時のMくん自身も楽しそうだけれども、やはり気心しれた仲間といる時は、それ以上に楽しそうだ。その劇団の主宰の方はGではじまるとても珍しい苗字だ。はじめは芸名だと思っていたが本名と聞いて驚いた。なにせGだ。一応、プライバシーなので具体的な明記は避けるが、日本人でなかなかGではじまる苗字はいないのではないか。聞くところによると一部日本海沿岸で、かつて海賊として生計を立てていた人が付けていた苗字なのだそうだ。確かにそう言われると海賊っぽい響きのする苗字だ。なにせGだ。「先祖が海賊だったんですよね」と聞くところを思わず「元海賊なんですよね」と聞いてしまった。「いや、僕は元海賊ではないですよ」と困った感じで言い返されたりした。とても楽しい夜だった。

■ 16日(日)。最終日。この日の夜だけ、なんだかミスが多かった。舞台上で滑ったり、台詞をかんだりしてしまった。他の回が完璧だったとは当然言わないけれども、目に見えるミスがあったのはその回だけで、くやしかった。楽屋ではしゃぎすぎて集中力を欠いたせいかもしれない。やはりいかんのだなぁ、はしゃぐのは。

■ 今回の芝居に関しては、正直なところ、まっとうできなかった気がする。どういった距離感でこの芝居に役者として参加していいのか最後まではっきりしなかった。一言で自分の芝居の感想を言ってしまうのならば「無難にカラオケをやっている人」だ。音痴ではない。かといってオリジナルには到底及ばない。徹底的な模写とも違う。ただ「無難」だった。ここが役者としての僕の壁なのだろう。カラオケが多少うまくたって、カラオケは所詮カラオケ。カラオケは参加して歌ってナンボのもの。誰かが歌っているのを聞いていたって、ちっとも楽しくないのだ。僕の芝居はカラオケを歌っている人のようだ。

■ 今回の芝居に出ていたHくんはカラオケではなかった。確かにまだ荒削りな芝居だ。同じようにカラオケで例えるのならばまだまだ音痴なのかもしれない。でも誰の真似をするわけでもない。自分の歌を歌っている。その時点でHくんはカラオケではなかった。Hくんは僕には無い魅力を持って舞台に立っている。きっとそれこそが役者の姿だ。

■ それで芝居は終了。僕は急遽舞台装置を運ぶ運搬係としてレンタカーを運転することになった。高円寺や十条、果ては横浜まで運転することになったが僕は運転が好きなので、むしろ楽しかった。一緒に車に乗ったRくんやSくんといろいろしゃべれたのも楽しかった。

■ いろいろなものを、いろいろな場所に運び終えて打ち上げ会場に着いたのは深夜3時だった。もう会場は程よくできあがって、少し落ち着いているといったところだった。正直、車の中でしゃべっていたのは楽しかったが、もう会場に来たときには疲れていた。ボーっとして過ごしてしまった。レンタカーを返しに行くのも僕の仕事だったので、仮眠をとって6時くらいに打ち上げ会場を後にした。

■ 朝の新宿は、もういつもどうりの月曜日を迎えていた。日曜までの雨が嘘のように晴れていた。それはもう運でしかないものの、なんだか恨めしい気分になる。何事もなかったかのような顔をして、職場に向かう人々が横断歩道を歩いている。レンタカーの中で僕はそれを見ていた。お祭りのように慌しかったこの数日間は、世界の片隅で、ほんの一握りも人たちの中で共有されただけで終わっていった。

■ とにかくこうしてまた芝居が終わった。若い人たちとの交流は久々で、刺激的なところも確かにあった。学べたこともいろいろある。しかしもう終わった。今回の集団はまだ19や20歳といった年代の人たちばかりだった。僕の19歳の時とは、比べ物にならないような経験を積んでいる。それはすごいなぁと感心せずにはいられない。彼らは彼らでやっていくのだろう。もう一緒にやることもないかもしれない。どっかでまた何かを一緒にやるかもしれない。それは分からない。いずれにせよ、その時はその時だ。レンタカーを返し終えて、新宿駅まで歩く道すがら、そんなことを思った。

■ いろいろお世話になりました。またどこかで逢いましょう。