東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『雨の予報だった日』

朝7時35分起床。起きて、朝食を食べる。昨日の仕事で持ち帰った車で出社。普段通る地元の近くで、先日まで工事をしていた場所が小さいな公園になっていた。てっきり新しく家が建つのかと思ったら。区の敷地だったとは。箱庭みたいな感じだけど、それはそれでいいもののように思う。

昨日までの予報だと、午前中少し雨が降る、という話だったけど、いつの間にか雨マークは無くなっていた。やや雲は厚めではあったけど、雨は降らなそう。

原宿付近まで来て、それまでずっと工事中だったビルの周りが人でにぎわっていた。なんだかオープンしそうな賑わい。と思って、検索をしたら、まさにこの日がオープンの日だった。よもや以前は、コンドマニアがあった角地が、新しい商業ビルに変わるとは。渋谷近辺は本当に目まぐるしく日々スクラップアンドビルドが繰り返される。

事務所に行き、昨日、突如マウスポインターが消えた件を会社で社員の人に相談。どうも、無意識に、パワーポインターの表示をオフにするショートカットキーを押してしまっていたらしい。そんな偶然あるのか。とにかく、無事、パワーポインターは復活。壊れたわけじゃなくて良かった。

昨日までできなかった事務作業をする。集中して、一気にガツガツやる。途中、やや集中力が切れかけることもあったけど、出来る限りの仕事を一気にやりきった。日差しが入って心地いい午後。雨にならなくてよかった。サニーデイサービスの新しいライブアルバム、その名も「LIVE!」を聴きつつ。最高にテンションが上がるアルバム。最後までずっとパワフル。19時過ぎ、ガス欠。しかし、いろいろやりきった。そのあとは、宇多田ヒカルのベストアルバムを聴きつつぼんやり。

帰宅して、夕食を食べてから筋トレしつつ、ぼんやり。と、九州で強めの地震の報。昨日は中部、関西圏で雹交じりの雨が降ったようだし、なんだか、いろいろ起きる。

 

『貴重な仕事』

朝7時30分起床。まだちょっと頭痛がする。朝食を食べてから、車で仕事先へ。想像よりも渋滞で時間がかかる。朝の都内は油断ならない。

ちょっと、雲の多い天気かと思ったけれど、晴れ間がでてきて気持ちが良い。

とある仕事。滅多にない現場があり、これはせっかく(もちろん仕事だけど)なので、現場へ。全体的に緊張感があるような、普段の仕事と変わらないような。

クレバーの人は、あまり悩まない。ビジョンが見えているかのように、スパスパと意見を言っていく。もちろん、それが全部良いわけでないとは思うけれど、頭の回転の速さというのは、うらやましいなぁと思う。

モノ作りは、一人のクレバーの指揮者と、それを具現化できるメンバーが周りにいることが素晴らしい構図だと思う。

こういう現場を見学(繰り返しだけどちゃんと仕事)できたことは有難い。終わったら妙にお腹が空いて、スーパーでパンをやたらと買ってしまう。

夕方、風が強くなってくる。気温よりもやや肌寒く感じる。で、また、夕方にやや偏頭痛が出てくる。今日のコレはやや思い当たる。

語気の強さで押し切ろうとすることは、振る舞いとしてみっともないと思う。物事の正解は難しい。状況によって正解の意味合いは変わってくる。人の受け取り方によっても正解は変わるが、おそらく今日の件は、正解ではないことを語気の強さで押し切ろうとしたと思う。

仕事中、パソコンで作業をしていたら、突然マウスポインターが消滅して、まったく見えなくなる。そうすると、まったくパソコン作業ができない。幸い、パソコン画面をタッチパネルのように触れて操作できるので、かろうじて多少の作業はできるものの、極めて不便。どこへいったマウスポインター。

帰宅して、筋トレ。なんやかんや良い時間に。夜は風が強い。

 

『偏頭痛がする』

 

朝7時40分起床。朝食を食べて、車で仕事先へ。今日はいくつか仕事先を移動。都内を上へ下へと。日中は結構陽が出て、半袖で良いくらいの陽気。夕方になり、少し冷えてくる。日が暮れかけて3つめの場所へ。

そこで、仕事先の人と少し話をする。いろいろなタイプの人がいるが、うまい話を持ち出しては、場を混乱させるタイプの人がいるという。確かにそういう人もいるなぁと思いつつ、自分は、そういう人を見抜くのがあまり得意じゃないのか、「甘いですよ」と指摘を受ける。気を付けねばならない。

話をしていたら、途中からやや頭が痛くなってくる。久しぶりに唇に口内炎ができてきており、身体も疲労がたまっているのかもしれない。帰りに、コンビニでチョコラBBを購入。口内炎にはチョコラBB.

家に帰っても偏頭痛がおさまらず。少しだけ横になろうと思ったら、いつの間にかそのまま寝てしまい、目が覚めたら朝4時だった。こういう眠り方をするから、体力も消耗するのだろう。這うように布団へ。

 

『イニョン』

朝9時前、猫に餌をせがまれ、顔を肉球で押されて起床。餌をあげて、朝食を食べて、布団を干す。空は快晴で、ベランダで猫が寛いでいる。と、娘もまた同様にベランダで寛ぎはじめていた。

玄関をブラシとホースで洗い、庭の草むしりをする。家の前を、ご年配の女性が、僕と同い年くらいの女性に手を引かれて散歩をしていた。あれは娘さんか、それともヘルパーさんだろうか。ゆっくりと歩いていた。母は元気にしているだろうか。まったく顔を出せていない。土日に面会が出来ないのが悩ましい。

今日も今日とて、新宿御苑へ。敷物を引いて、昨日の読書の続き。「季節のない街」。テレビ版の第二話「親おもい」の話は、ほぼ原作通りだった。兄のキャラ設定は違うが、それ以外の筋は、将棋や落語のエピソードもほぼ一緒。母親や、焦点となる登場人物辰也の台詞もほぼ一緒。まとめあげる構成力。二話読み終わって、次は、「彼は早稲田で死んだ」を読む。革マル派の手にかかり、命を落とした川口青年の死をきっかけに、それまで黙していた一般学生たちが声を上げる部分は、実際のところわからないが、それが何か解決に向かったのかはわからないものの、熱のようなものを感じる。手前勝手なことかもしれないけれど、そうやって声を上げることは凄いことだと思う。

御苑は人が多い。園内放送で、3歳の女の子が迷子になってサービスセンターで預かっているというアナウンスが流れる。時間をおいて2回ほど。はやく見つかってもらえればと思う。

それから、また一息ついて、燃え殻さんのエッセイを読む。面白いなぁ。恥ずかしながらまったく存じ上げなかったのだけど、Twitterなどで人気の方とのこと。エピソードに対して短く的確な言葉で例えるのが面白いし、一つ一つの描写が、なんだか寂しさもあって哀愁がある。松尾スズキさんの「大人失格」を読んだ時のような面白さがある。僕が松尾スズキさんを知ったのは、大学一年生のころで、当時、お付き合いをさせていただいた2個上の先輩から教えていただいた。お住まいに「大人失格」があり、お借りして楽しく読ませてもらった。実は当時、その先輩はまだ別の方とお付き合いをしており、つまり僕は二股の相手だったのだけど、「まぁ、大丈夫だから」という言葉を信じて、ふらふらくっついていた。僕は地方の大学に通っており、高校まで女性とお付き合いをしたことがなかった恋愛経験値ゼロの僕は、何もしらなかった。ある日、その町唯一のファミレス、「びっくりドンキー」で深夜、あれはなぜだったか、その先輩と遅めの夕食を食べていたことがあった。たらふく食ってなんだか眠くなってしまい、ファミレスのテーブルでうとうと眠ってしまった。目が覚めたら、目の前に、先輩が付き合っていた男性が正面にいて、僕をじっと見ていた。チーズバーグディッシュを食べていたはずが、目が覚めたら(まぁ、女性の前で食って寝るなという大前提がありつつも)、本物の彼氏がいるわけで、それは、もう、驚くしかない。恋愛経験値がまだアリアハンレベルの僕はなすすべもなかった。それが、またなにも「びっくりドンキー」でなくてもいいのに。

そんなことを思い出したら、なんだか、ラブストーリーが見たくなり、渋谷で「パストライブス」という映画を観る。

韓国で暮らして、小学生のころに好きあっていた同士。女の子がカナダへ移住することになり離れ離れになる。お互い、別の人と付き合いがありつつも、どこかで意識しあう間柄に。女性はニューヨークで結婚をする。旦那さんとは英語でコミュニケーションをとるが、彼女の寝言が韓国語であることが旦那さんにとっては、どこか自分の踏み込めない世界があるのではないかと心配になる。

冒頭の、過去の韓国のシーン。学校から家路に帰る主人公たちは、まっすぐの道を奥からカメラに向かって歩いてくる。奥から前方へ縦移動。そして、やけに環境音が大きい印象。それが韓国の街の特徴なのかなとぼんやり観る。映画のラスト、ニューヨークにやってきた男を見送るため、家を出て、街を歩く二人の描写は、横移動で描かれる。その時の街の環境音も意識的に大きい気がした。

2人が歩くシーンは、意図的に、縦と横の描写の中で描かれて、一瞬、フラッシュバックで、過去の一点が挿入されるが、あそこを軸に、縦軸と横軸で交差する。いや、正確には交差しない。二人は、ぽつりと言葉を交わし、お互いの家へ帰る。

韓国の思想「イニョン」という言葉が映画の中で語られる。縁。それは現世だけではなく、過去に出会い(台詞で「パストライブス」と語れていた)があったかもしれず、それが今に繋がり、さらに、未来にも何かの縁があるかもしれないという考え方。

縦移動と、横移動を、意識的に使い、今その街の中に、二人をしっかり存在させた。「あの頃の私は、あの頃に置いてきた」的な台詞を主人公の女性は語るが、過去の自分は、もういないわけではなく、今、存在している、時間は、過去から未来への一方向だけではなく、縁で、そして、円のように存在している。

ただ、このタイミングで、二人は結ばれなかった。二人は、それぞれ、劇中で多くの選択があり、一つ一つを自分たちの意志で選びながら、結果、今を生きている。それぞれの人生を。『自分たちは結ばれない』と理解した。

もしかすると、自分たちが結ばれる今が存在したかもしれない、という想像は働く。しかし、それはあくまでも、想像。だからこそ、女性は、最後に、嗚咽する。絶対に叶わないことを悟り。それを旦那さんが優しく受け止める。三者三様に何かを得て、何かを得れなかった。それもまた「イニョン」なのだと思う。

帰宅して、筋トレしつつ、ぼんやり。今日はのんびりした一日。

 

『花見と読書』

朝8時過ぎ、一度目が覚めるけれど、もう少し寝たくて、モタモタする。気が付くと、9時過ぎ。起きて、洗濯機を回しつつ、朝食を食べる。それから洗濯物をベランダに干す。猫たちもベランダに出てきて気持ちよさそうにしている。

シャワーを浴びてから、新宿御苑で。今日もかなり混雑している。海外の方の観光マップとかに入っているのだろうか。毎回、たくさんの観光客の方を見る。しかしこちらは年間パスポートを持っているため、無敵。入るのはスムーズ。が、いつもの場所をすでに取られてしまっており、芝生の真ん中あたりに敷物をしいて、ゴロゴロしつつ、本を読む。

山本周五郎さんの「季節のない街」。第一話が、ドラマ版の第一話とストーリーがほぼ一緒。もちろん、時代設定は違うのだけど、宮藤官九郎さんが、結構、忠実に原作を脚本化していることを知れる。「季節のない街」は新聞連載だったので、短編オムニバスのようになっており、読みやすい。とある街に集う人々の群像劇で、こんな風に、人物を紡げることが興味深い。

仰向けになって本を読んでいたら、青い空に桜の花びらが舞う。風がそよぐと、ひらひらと花びらが散って、そのたびに、それを眺めてしまう。小説を読みながらの花見。空は快晴。で、時々うたた寝してしまう。なんて贅沢な時間。

夕方から職場へ行き、少し仕事。とある仕事で記録用にスマホで動画を撮っていたのだけど、ちょっと被写体が近い位置で撮影をしていた時、自分の近くにくるので、必然的にカメラを顔に寄せていったら、視界がぼやけた。手前のピントが合いにくくなっているのか、これは老眼の始まりか。

帰り道、ふと、ビールを飲みたくなり、久しぶりに缶ビールを買う。筋トレしてからそれを飲む。で、Tverでドラマ版「季節のない街」第二話を観る。なんともやるせない物語。良かれと思う善意が報われない。それでも世界は勝手に回っている。救いは描かないものの、悲劇にもしない。淡々と次へ進む感じも良い。この話もやがて原作でも描かれるのか。それを読むのも楽しみ。

 

『コントレックス』

朝7時45分起床。缶ゴミを捨てて、朝食を食べる。それから仕事へ。仕事をしていると、雨がポツポツ降ってくる。予報では特に雨が降るという感じではなかったような。社員の人たちも、「洗濯物がぁ」と言っている。

昨日、コンビニでコントレックスという硬水の水を見つけて、久しぶりに買ってみた。あれはいつだったか、まったく覚えてないけど、たぶん、20代のころ、一度、飲んで「うわぁ」と思って挫折した。何に「うわぁ」と思ったかも覚えてないけれど、なんだかダメだった。久しぶりに試しに飲んでみようと思ったら、わりと飲めた。歳を重ねたからなのか。味覚が変わったからなのか。わからぬ。ただ、とはいえ、別に、すごく飲みたいかと言われるとそうでもない。最近は、ずっとルイボスティーを飲んでいる。それで結局、コントレックスを飲み終わってすぐにルイボスティーを購入。

比較的落ち着くだろうと思った日。なんなら振休を取ろうと思っていたのだけど、なんやかんや、急ないろいろがあり結果バタバタする。仕事を終えて、新宿三丁目駅へ。駅近くの信州そばの立ち食いの店で、蕎麦を食べる。お腹いっぱい。それから南口を抜けて、西口方面へ。とてつもない人がいる。あと、路上で演奏をしている人たちがちらほら。アコギ一つで歌っている人もいれば、あれはなんというのか、中国やモンゴルあたりの民族楽器のようなものを吹いて演奏している人もいる。

西口にあるブックオフで、山本周五郎さんの「季節のない街」を探してみる。が、無い。考えることは皆一緒か。諦めて、本屋へ。「季節のない街」を購入。で、たまたま目に入った樋田毅さんの「彼は早稲田で死んだ」と、燃え殻さんの「夢に迷ってタクシーを呼んだ」も一緒に購入。

そのあと、カフェに入って読もうと思ったけれど、やるべき仕事が多く、結果、メールばかりする。

帰宅してから筋トレしつつ、アメトーークを見る。やはり、本気で趣味を追求している人たちが熱弁する回は面白い。そのあと、ゴリパラのyoutube。コロナ禍時期の放送回。当時、いろんなところで使われていたフェイスガードをつけつつのロケ。つい最近のことかなと思ったが、2020年の放送なのか。時が経つのは早いというか、ほんと、あの時期はなんだかいろいろと昏い時期だった。

 

『江古田を散策』

朝7時40分起床。引き続き、晴れていたので、今日は布団を干す。そのあと、朝食を食べて、ゴミ出しをして、出社。

年度末の請求業務が終わりそうで終わらない。基本は、こっちがもたついているというより、相手先からの連絡待ち(催促はしつつも)という状況。それぞれ、忙しいところだから仕方がないのかもしれないが、とはいえ、というケースもあり。悩ましい。

それと別で、昨日のややトラブルめいた件について、仕事先の人と電話で話したく、朝から連絡を取るが連絡が取れず。

仕事を終えて、事務所を出たタイミングで、いくつか、請求業務について連絡がきたりする。なんというタイミング。さらに電車に乗ろうとしたタイミングで、トラブルに関する電話の折り返しが来る。絵にかいたサラリーマンのように電話を持ちながら相手先に向かって頭を下げたりしてしまう。いろいろ悩ましい。

その後、友人と会う約束をしており、江古田駅へ。久しぶりに江古田へ。駅前、多少変わっているところはありつつ、路地の雰囲気などはあまり変わっていない。面白そうな個人経営の飲食店などが多く、歩いているだけでも楽しい。そこまで人が多いわけでもない落ち着いている感じも良い。

カウンターだけの居酒屋へ入ってみる。燻製のはんぺんや、チーズなど美味しい料理がある。鹿や猪の串もあった。猪肉は、獣っぽく癖があるけれど、それはそれで美味しい。お互い、仕事部屋みたいなものが欲しいね、などと話す。小竹向原の近くに4万円前後で借りれる部屋があるらしく、それなら、仕事部屋として、手ごろに借りれるのではないかみたいな話。他にもルームシェアみたいな部屋が最近は充実しているらしく、もう少し若かったら、そういうところを借りるのも良いなぁなどと思ってしまう。

お店を出て、また、少し、江古田駅前を散策。知らなかったのだけど、江古田駅前に松屋の第一号店があった。駅前の雑多な路地の中で、近隣の住人や通勤通学に使用する人たちのお店だったのが、いつの間にか全国に拡がるチェーン店になったというのはとてつもない話だなぁと思う。

その後、小竹向原まで実は歩いて行けるらしく、酔い覚ましに歩く。日大を横目に住宅街をふらふら。静かな町。あっという間に小竹向原駅に着く。こんなに近かったのか。歩いてみないとわからないものだなと思う。

家に帰り、さすがに酔っぱらって筋トレもできず、ぼーっとして、布団を取り込む。と、ベランダに桜の花びらが落ちている。近くに桜の木があるわけでないのだけれども、風が運んできたんだと思う。太陽の匂いがして、気持ちが良い。猫が一匹、布団の上でグーグー寝ており、一緒に寝る。