東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

笑いの町としての浅草

昨日の「SMAP×SMAP」はいつもとは違い、テレビや舞台で笑いを追及している人々と稲垣吾郎トークといった形式だった。まぁこれは稲垣吾郎出演の「笑いの大学」の番宣であるわけだけれども、一度にいろいろな方の「笑い」に関する話が聞けて良かった。フジテレビの「おれたちひょうきん族」や「とんねるずのみなさんのおかげです」の他にも「進め!電波少年」の土屋ディレクターや「八時だよ!全員集合」の制作に携わったスタッフの方も他局でありながら出演していたのは、意外だけれどもこの特番に対する徹底した姿勢を感じれてよかった。笑いの中心にいる人々ではなく、その周りにいたスタッフや弟子の人たちの話だからこそ、面白いところもあり、欲を言えば一人一人のトークの時間をもっと放送して欲しかった。1時間では収まらない内容だ。

その中でも気になったのは、浅草で鯨料理屋を経営する方のお話で、その店には喜劇役者から芸人まで、数多く集まることで有名なお店らしいのだけれども、かつて「笑い」と称されるものの、あらゆる文化の中心は浅草であったと店長は語っていた。そして浅草から各業界へ、笑いの人たちは旅立って行ったとのこと。エノケンこと榎本健一古川緑波(フルカワロッパ)、渥美清ビートたけし。むろん関西圏とはまたちがうのだろうけれども、関東の笑いの発祥地は浅草だ。そういう視線で浅草や笑いを考えてみても、また別の視界が広がってくる。

今日、昨日から使われ始めた新札を見た。なんだかキラキラ光っておもちゃみたいだ。樋口一葉野口英世が新しく登場。なんだか銀行に新札を求める人の列ができたらしいが、なぜいずれは広まるものに、そんな血気盛んに群がるのか分からなかったが、なんでも発行される際に記録される印刷ナンバーの若い数の札を手に入れたいから並ぶらしい。物の価値なんてものは、本当に面白いもんだ。例え、他の人から見たら大した価値のものではなくても、コレクターからしてみればそれは何にも変えがたい価値を生む。価値は、人がそれを望むから生まれる。それ自体がなんであろうと問題ではない。お金だってただの紙だ。しかしそれを人間が価値のあるものだと決めたから(信じるから)価値があるだけ。

それにしても、物を集める人の情熱というのはすさまじい。