東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『実家に行ったこと』

tokyomoon2017-08-12

8月中旬とは思えないくらい涼しいここ数日。最高気温が25度を超えない8月というのは、14年振りとニュースであった。14年前は何をしていたっけと振り返ってみてもすぐに思い出せない。が、14年と言われると、なんだかそこまで昔にも感じず、24歳の頃、多分、僕は東京で仕事をやめて舞台を始めた頃ではないかと思うのだけど、その当時に、涼しい夏があったのかと思いつつ、とはいえ、実感はない。


それはさておき。


8月12日(土)。涼しい土曜日。今日は仕事が休みだったので、僕の実家に家族ででかけることに。急ぐこともなかったので、都電で三ノ輪橋まで向かい、三ノ輪橋の商店街をフラフラと散策。自家製のぬか漬けが売っている八百屋や、美味しそうな味噌を売っている店、渋い味わいのデザインが並ぶ婦人服を売っている店など、タイムスリップしたかのような商店街。美味しそうなパン屋で食パンや焼きそばパンなどを買い、八百屋で生落花生を購入してから、日比谷線を実家の方面へ。地元の駅は『せんげん台』という駅なのだけど、先日、友人の谷川さんから確か、隣の大袋駅がいろいろ新しくなっていると聞いた記憶があり、早く実家に行きたいとせがむ娘をなだめ、大袋駅で下車。


かつて「ドムドムバーガー」というレアなバーガーチェーン店があった駅で、僕はよくその「ドムドムバーガー」の海老カツバーガーを食べていた。そんなことはさておき、新しくなっている駅構内を抜け、大袋駅に降り立つと、ひっそりとした雰囲気で、駅前は昼から営業している居酒屋と、潰れてしまった本屋、それからチェーン店の100円ショップなどがあるばかりで、これといって興味を惹くものはなし。谷川さんから聞いたのは気のせいだったのか、いまいちわからず。


懐かしかったのは、大袋駅周辺を抜けると、国道4号線にぶつかり、目の前には僕が通った小学校があること。久しぶりに通学路のあたりを歩く。変わったところ、変わってないところがあり、「ここを通っていたのだよ」と嫁や娘に説明するが、僕の感慨ほど、特に興味は無いようだ。


それから実家へ向かい、久しぶりに父と母と再会。いろいろしゃべったり、ゲームをしたり、買い物をして、家族で食事をしたり。実家に戻ると、恒例のことがあり、家の柱で娘の身長を測っている。1年ほどの間で、ずいぶんと身長は伸びていて、成長を実感する。娘の誕生日は7月だったのだけど、それを覚えていた父と母は、わざわざケーキを用意しており、夕食後にそれにロウソクを灯し、みんなで祝った。


21時半を過ぎてもまだ眠たくならない娘を、ひとまず布団に寝かせる。窓を開ければ風が通り、エアコンをつけなくても涼しい。最近、娘は目を瞑ると、怖いことを想像してしまうらしく、眠くならないうちは目を開けて、話しをしていようと言ってくる。具体的に「どんな怖いことなのか」は聞かないが、涙がでるほど怖いことを考えてしまうらしい。


ぼそぼそと話しをする。実家のまわりはかつては田んぼだらけで、夏はいつもカエルの泣き声がうるさかった。最近は開発が進み、田んぼは僅かしか残ってないが、そこから虫の声がまだ少し聞こえてくる。8月中旬だというのに、なんだか秋のような印象。「耳をすましたら、虫の声がするよ」と言うと、娘が「虫はどこからきたのかな。最初の虫はどこから生まれたんだろう」と聞いてくる。海から生き物が現れて、どんどんと拡がっていったんだよ、と言う。こういう話しをする時、どうも「進化」という言葉が不適切な気がしてくる。後から出現した生き物が別に優位であるわけではない。ただ、生き物がその姿形を変えながら、多様性を持ってきた中で、虫や鳥、カエルや猿、そして人になっていただけだろう。そんなことを思いながらぼんやりと虫の泣き声を聞いていると、さらに娘が「わたしと、おとうとおかあは一緒なの?」と聞いてくる。


きみには、ぼくとおかあの血が合わさっているし、僕のお父さんやお母さん、それにおかあのお父さんやお母さんの血もはいっているし、その前のジジやババの血もつながっているんだよ。そうやってたくさんの人の血を受け継いでいるんだ。ということを、娘に話しながら、僕自身、ああ、そうなのだなぁと思った。


娘はやがて静かに目を瞑り、寝息を立てた。怖いことは考えずにすんだ様子。


今日も涼しい夜で、ゆっくり眠れそうだ。