東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『山口-広島2000』

金曜から出かけた車の旅は無事終了。とても楽しかった。3日のうち、24時間以上は車に乗っていた計算になるけれど、それも移動ではなく、旅の楽しい時間。

以下、雑感。

28日(金)。朝7時にレンタカーを借り、おさむんと合流。霞ヶ関から高速に乗り、東名をひた走る。海老名SAでベタにメロンパンを買い、晴天の中で富士山を眺め、浜名湖で一息。想像よりも順調な旅で昼前には名古屋辺りまで辿り着く。勢いで走り続け15時前くらいに神戸手前辺りまで進む。それでなんとなく高速を降りて一般道を走る。窓を開けるとやけに蒸し暑い。BGMはそれぞれが持ってきたCD。2人そろってお気に入りだったのが相対性理論の『シフォン主義』。野郎2人で「LOVE、LOVE、LOVEずっきゅん」と歌詞を連呼するのも、車内なのでアリなのであります。岡山で渋滞に巻き込まれつつ、広島県に入ったのが20時ごろだったか。相談の結果、ひとまず広島駅あたりまで行こうと決め、車を走らせて確か22時手前あたりで広島駅付近に。運良く東横インで空き室をゲットし、遅めの夜飯を取ろうと繁華街のアーケードの中を歩く。金曜の夜なので23時を過ぎても賑やか。地べたにすわってギターを演奏している人、それを聴いている人がずいぶんいる。見知らぬ街を歩くのは面白い。僕は本当はこの街に住んでない。1人何かの秘密を背負ってこの街に来たスパイのようでそれがなんだか楽しい、よね?とおさむんに話したら「わからない」と言われた。適当に入った焼き肉屋で肉を食う。焼き肉屋ながらマグロのテール焼きがえらく美味しかった。25時過ぎにホテルに戻って即爆睡。

29日(土)。ゆっくりと起き、10時にホテルをチェックアウト。一路山口へ。高速で2時間ほど。山をいくつも越えて、山口の情報芸術センターへ。この施設が、とても良かった。図書館と劇場が備わっており、ギャラリーのような場所もあり、その日も展示があった。設計が面白く、図書館も天井が高いし、本棚もひとつひとつ良い具合。ちょっとしたテーブルや椅子が置いてあるスペースでは勉強をしている高校生もいて、いろんな人が出入りしているとおぼしき空間。とても贅沢な印象。開場まで時間があったので少し外を歩く。商店街の様な場所を見つけて、フラフラと歩くけど、なんといいますか、ほんとのどかというか。昼食をとろうと入った食堂でカレーとうどんのセットを頼んだのだけど500円だった。

マレビトの会『PARK CITY』観劇。俯瞰で芝居を見せる為に客席は3F部分のみ。そこから舞台を見下ろす按配。観客の手元にはそれぞれポータブルモニターがあり、そこから画像が流れる仕組み。そういった試みが刺激的。軸となる様な物語はないのだけど、時折挿入される独白のその台詞のなんともいえない良さたるや。当事者ではない者が、何かを演劇として語る、その可能性として位置づけられる様な作品。芝居が終わってホールを出るとすごく雨が降っていた。アフタートークを聞いている最中もずっと降っていたのだけど、アフタートークが終ったあたりで嘘みたいに雨が止み、空も晴れて来た。夕立だったのか。情報センターの入口あたりでぼんやりと空を見ていると小さな娘さんを連れた女性が中から出てきて空を見上げて「雨やんじょるね」と言って外へ出て行った。なにやらそれが妙に印象に残った。

山口からもう一度広島へ。高速ではなく、海岸沿いを走ろうということになり防府市まで出る。そこの工場地帯の建物のかっこよさに萌えつつ、光市へ。その街の海岸で一度車を止める。おさむんが以前、光市で一時暮らしていたことがあり、その家を見に行く。別の誰かが住んでいたのだけど、その家は健在。そういうのってなにやら不思議な気分になる。それから海岸沿いを広島へ。以前、1人で車の旅をした時、関西以西でやたらと『ジョイフルl』というファミレスを見かけた。そういうこともあり『ジョイフル』を見ないと関西以西に来た気分がしない。今回も何店舗か見かけたが、それ以上に電化製品の販売店デオデオ』とショッピングセンター『youmeタウン』を見かける。この2つの出現率が半端無い。中国地方でかなりの勢力を誇っていた。まぁ、だからなんだっていうわけではないのだけど。で、走りに走り気付けば窓の外は真っ暗。海岸沿いを進んでいたのでこれが日中だったらきっと海がずっと見えていたのだなぁと思うとアレだけどそれは仕方なし。広島に着いたのは22時頃だったか。それからホテルを探す。土曜なので昨日のようにうまくはいかず、少々てこずったものの無事に部屋ゲット。昨日同様遅い夕食に街へ繰り出すも、疲れもあり歩き始めてからのおさむんの調子が悪い。それで歩き続けるのもアレなので目の前に飛び込んできた京都ラーメンの店へ入る。後から聞いたところおさむんはなんで広島まで来て京都ラーメンの店に入るんだ、松瀬よ、と思ったらしいのだけど、そういうことを言う気力もなかったようでなすがままに店へ。こういう時は続くもので、おさむんがトッピングで頼んだ卵がなぜか僕のラーメンに入ってでてきてしまい、おさむんは「たまごが!」と憤慨していた。いろいろと具合の悪い夕食。帰ってきて即爆睡。


30日(日)。朝7時半起床。8時頃に外へ。平和記念公園のあたりから広島県産業奨励館、原爆ドームと呼ばれる建物のあたりへ。『PARK CITY』の台詞を思い出す。記念碑は象徴として後から建てられるが、この建物は元々からそこにあった。それが残って、はっきりとした境目があり、記念碑となってしまった。広島も、その日を境に、ひとつの街から、別の象徴的な街になってしまったのだと思う。それは背負わざるおえないのかもしれないけれど、とはいえそれで全てであるとは思えない。たまたまだけど、テレビでいわゆる平和のアレとして『広島からはじめよう』と黄色い服をきて唄う人たちを見た。そういう立ち位置もあると思うし、否定はしない。だけど、今、そういうことを自分がしようとするとどうも違和感を感じる。広島は広島。街であって、象徴ではない、と僕は思う。ただし、街として極めて興味深い場所。川が多い。幾筋も川が街の中を流れており、中心に巨大な空地として公園がある。『PARK CITY』においてなんども登場する基町アパート。そこへも行ってみた。その土地に関して僕はまったく知らなかったわけで、そういった場所があったことに驚く。とてつもなく背の高いアパート。1970年代の終わりにこの場所にこういったアパートが立ったとき、それはどのように人々に受け取られたのか。あるものは残され、あるものは消え、新しいものができる。高層アパートはもちろん古さは感じるものの、整えられたその場所は、過去を消し去ることで『美しい』場所としてそこに存在しているように思う。広島の街を歩いたことに関しては、改めていろいろ。とりあえずまわしていた8ミリが無事撮れてればと祈るばかり。

最後におさむんが教えてくれた広島風お好み焼き屋さんへ。そこがどうやら有名店だったようで、僕らが行った時にすでに待ちの状態で、さらにその後も行列ができていた。1時間程待たされてしまったけど、ボリュームもあってとても美味しいお好み焼き。堪能。

そこからは帰路。広島から高速に乗り、ひたすら走り続ける。13時あたりに高速に乗って、東京で高速を降りたのは深夜0時半。走った走った。結局3日間で2000キロ以上走った。それでも楽しかったのは、繰り返しだけど、それが単なる移動ではなく、楽しい旅の時間だからなのだと思う。またすぐに山口に車で行けっていわれたら断固拒否するけど、車の旅はサイコーだ。