東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『色彩/ドボルザークとタバコ』

ここ数日の、朝晩の冷え込みに驚く。初雪が見られた地域もあるというので、もうなんやかんやと冬に向かっているのか。そういえば日が暮れるのも早くなったような。


小津安二郎彼岸花』DVDで。

先日、久しぶりに小津安二郎作品である『秋刀魚の味』を観て、改めて魅力を感じたのはその色彩設計。衣装とセットと小道具の配色。そして、それを最大限に引き出すようなカメラ配置。物語や、俳優の演技とは別に、そういったところに映画を観るよろこびがある。

それでネットで少しばかり検索をかけると面白いものを発見。そこまでは見てなかったなぁ。これは決して偶然ではない。カメラ位置を決めること、衣装を選ぶこと、小道具を配置すること。それは徹底的に練られた上でのことで、カメラに映るものは、すべて必然から成ると僕は思う。そして、本番の声がかかり、役者がその舞台上で演技をすることで、事前に想像した可能性を大きく超える画が出現することがある。そこには偶然など決して無い。そこに製作者たちの遊び心があれば、さらに画が豊饒なものになる。



先日、深夜に近所のラーメン屋に入った。カウンターだけの小さなお店。40代くらいの女性の方が一人で切り盛りしている。味はとても美味しい。ラーメンを注文して壁にかけてあるテレビを見ていると、一人の中年男性が入って来た。手には紙袋を持っている。よく見るとロッテリアの袋。まず頼んだのはサワー。それから楽しそうに隣に座ってラーメンを食べていた人に話しかけていた。路地から少し入ったお店で、それほど人通りが多くない場所にあるお店なので、顔見知りなのだろう。
「俺はね、いいんだよ、食べ物は。これ(紙袋をだして)だしてくれたら大丈夫だから。たくさんあるからみんなで分けようよ。みんなも食べてもらっていいから」
と、店主の女性に笑顔で話す。紙袋の中身はポテトらしい。
「全部、食べちゃえばいいじゃない」
店主の女性が作業をしながら言うと
「いや、みんなでね。食べてもらえれば」
と、いいながら紙袋を店主に差し出す。おそらく皿にでも入れ替えて欲しいというアピールなのだろうか。すると、隣に座っていた男性が席を立った。ごちそうさん、と店主の女性に言って店を出た。どうやらその紙袋男とはそれほど顔見知りではなかったのかもしれない。隣の客を失った紙袋の男は、それからしばらく無言で、タバコに火をつけてそれを吸っていた。換気扇が僕の座っていた方にあるのだろうか、その煙がこちら側に来て煙たい。紙袋男はそんなことには気付かずタバコを吹かす。テレビから音楽が流れてくる。クラシックで、聞いたことがあるフレーズ。
タバコを吹かす男は、独り言のように言う。
「お、ドボルザーク。いいね。ドボルザークだ。」
タイトルは忘れたが、それは小学校だか中学校だかでよく聴いた曲だった。合唱でも歌ったような気がする。もしくは遠足で聴いたような気もする。いずれにしてもどこか夕方の、日が暮れていく一日の終りを想像させる曲だった。
ドボルザークだよ、いいよね。知ってる?」
と、店主の女性に言う。店主の女性は受け答えるような笑顔は見せたが、言葉は返さず、ラーメンを作る作業のためカウンターに背を向けた。
男は、さらにもう一本、タバコを吸い始めた。
紙袋は、誰にも手をつけられぬままカウンターの上に放置されていた。
紙袋男にとって、そのドボルザークの曲は、どのような記憶があるのだろうか。いいね、と言葉にしたその意図はどういうものなのだろうか。僕と同じ様に日が暮れていく印象があるのか、尋ねてみたい気もしたけれど、ラーメンが出て来たので、尋ねることはせず、ラーメンを食べることにした。