東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『チェーホフ/お芝居で伝わること』

仕事のことで、チェーホフの台詞に触れて、なんとなく以前に録画しておいた『三人姉妹』を観返す。演出をしたケラリーノサンドロヴィッチさんが、チェーホフの戯曲に登場する人は愚痴ばかり言っているとインタビューに答えていたが、確かに愚痴にも聞こえるその台詞の中に、普遍的なことも入っていて、設定は当然古いものの、とても刺激を受ける作品。

 

ここ最近、若い人たちがお芝居をする作品を多く観る機会があり、それを観て、考えたことがある。彼等が一生懸命に演じようとして、頑張るからなんとか表現をしようと誇張したようになって、それが返って大袈裟に思える。それで考えたのは、例えば能のような作品で、能面をつけた演者の方の所作や語りに、それでも感情移入してしまうのは、つまり、観ているこちら側が感情を想像するからで、魅力的な状態というのは、演者がことさらに演じよう(伝えよう)とすることではなく、勝手に受け手である観客が演者の立ち姿や演じる姿を観て、感情移入するような、そういう振る舞いが理想なのだろう、と思った。気持ちを押しつける(というと責め過ぎだけど)表現ではなく、受け手に自由に委ねるような表現。それが理想的なのだろう。

 

 それにしても役者を目指したい、という人たちなのに、なぜ、アカデミー賞キネ旬岸田戯曲賞などに少しの関心も示さないのだろう。そういうことでもないのだろうか。僕はそういう作品を知ろうとすることが好きだし、気になって仕方が無いのだけどなぁ。

 

忙しい日々が続き、あと一週間もしないうちに、3月が終わり、まして、年号が変わるなんて想像がつかない。個人的に電気グルーヴ石野卓球さんの決意表明ともいえるツイートの数々が痛快でその諸々を肯定したいと思いつつ、仕事終わりに夜桜を楽しむ日々。仕事に追われる年度末。

  

今、なぜか、やたらと風が強く、外でごうごうという音がしている。

 

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