東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『波崎へ行く』

■ 土曜日。レンタカーを借りて茨城の波崎へ行く。一緒に行くのは『東京の果て』で写真を撮ってくれたTくん。この前、電話で話したとき近いうちに波崎に行こうという話になっていた。


  よく晴れた土曜。都内はスイスイ進むも、湾岸道路国道357号線を千葉方面に向かうところで渋滞。ひとまずそこから高速道路に乗り込む。ラジオが言うにはこの渋滞は東京モーターショーを見にいく車に拠るとのこと。この前、平日の東京モーターショーに行ったときの混みようを考えると外れてはいないと思える。案の定、幕張メッセの最寄である出口を抜けると途端にスムーズに。あとは快適なドライブ。BGMはTくんが持ってきた100sのアルバム『ALL!!!!!!』。


  東関東道、佐原香取出口で降りてから利根川沿いに銚子へ。徐々に開けてくる視界。高くそびえる建物が減り、空が広くなる。





川の向こう側に茨城の町が見える。すすきがゆれている。今回の目的は波崎の海岸沿いの風車を見ることだけど、銚子の小高い山のあたりにも風車がたくさんあった。海に面した海岸沿いのこの土地は、どこも風が強いのだろう。


  そもそも東京を出発したのが11時で、それからも渋滞に巻き込まれたり、銚子でTくんがかつて行ったことがあり美味しかったという料理屋を探してたり(で、結局その店は見つからず、別の店に入ったが)と、ブラブラ寄り道をしていたせいもあり、波崎を目指し、銚子から波崎へ通じる銚子大橋を渡ったのはもう夕暮れの16時過ぎだった。それが幸運だった。銚子大橋から見える視界はなんともいえない美しさがあった。鹿島灘とぶつかる直前の利根川の川幅はかなり広く、なにやら圧倒的なでかさがあった。銚子大橋の拡張工事をしているらしく、車で走行するその真横には鉄骨剥き出しで工事中の新しい橋脚が見える。その向こうに川沿いの家や工場。そして銚子の向こうに見える山の方は夕焼けで空がオレンジ色になっている。その夕焼けの中にシルエットとして風車が写りこんでいる。橋の上を走行しながら、まるで空を飛んでいるような感覚の中で見ることができたその視界。幸運な一瞬に立ち会えたような気がした。





  銚子に入ってから運転はTくんがしてくれていたので僕は助手席に座っていた。ぼんやりと風景を見つめる。自転車をこぐ中学生。グラウンドで野球をする人たち。それを見つめるおばあさん。漁港で釣りをする人。外に出した椅子に座っている老人。犬を散歩させる人。海に面した風の強いこの土地に生きる人たち。その人たちの生活の、ほんとに一瞬だけを目撃して、通り過ぎる自分。例えば、この土地に台風が来たとして、波が荒れ、利根川が氾濫を起こせばこの付近の人たちの家や生活はどうなってしまうのか。引っ越してしまえばいいじゃないかなんて簡単には言えない。この土地で暮らしてきた人たちがいる。生まれがここだったとか、たまたま仕事で引っ越してきたとか理由は人それぞれだろうけど。この土地を離れない、そして離れられない理由がそれぞれにあるし、よろこびと共にこの土地に暮らす人たちもいる。宿命なんて大袈裟なものではなく、もっと単純に『生活』がそこにある。

そこを通り過ぎていく。あまりにも一瞬。そして圧倒的に無関係。僕がいて、僕の知らないここに、誰かがいる。

「あ、鳥が」とTくんが言う。空を見ると、夕焼けの空の中を、鳥が群れをなして旋回していた。


海岸線を走る道。風車が見えた。T君が案内してくれた、お薦めのポイントに並んだ風車は回転しておらず、みんなぴたりと止まっていた。車を降りて砂浜を歩く。鹿島灘の波は高く、風は冷たい。もう夕日は沈みかけていて、空の色は赤から蒼く変わっていった。何のためにそこにあるのか判らない廃墟のような建物がある。その向こうに風車が立ち並んでいた。


想像を超えて、圧倒的だった。とにかくぼんやりと眺めた。風車の近くまであるくと、砂浜にあった枯れ木に火がついていた。人はいない。誰かが燃やして、そのままにしてしまったのかもしれない。どうしようかと思ったが、「見守りましょう」と言うTくんの意見にうながされて、しばらくその付近にいた。火。風車。風。波。海。空。いろんなものが合わさって、その日、その時だけの視界があったのだと思う。いくつもの幸運の一瞬に立ち会えたような気がした。特別とかそういうことではなく。

行ってよかったなぁと思えた。ほんと、そう思った。