東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『暮れていく冬の空』

引き続き、書いている脚本は第六稿に達した。これまで、自分が書いた脚本はどれほど改稿していたかしらと思い返してみたけど、原稿段階でこれほどは、ない。舞台のための台本を書いて、稽古を始めて、稽古で気づいた事をふまえて改稿を重ねるということはあった。


今回、脚本に意見してくれる方々がいて、それをふまえて改稿を重ねた。いろいろが重なる状況で時間的な厳しさがあったものの、手応えを掴めるとそれはそれでやはり楽しい。第六稿に至り、やっとこさ一つの着地点にたどり着けて、これからはそれをもっと丁寧に味付けしていく作業へ向かう。話し合いを重ねて、今回の作品の肝は、『熱気』であることを再認識。理屈よりも『熱気』。それを意識して更に向き合う。


少しばかり、覚え書き。


先週の木曜日。久しぶりに仕事が休みで、家族で下丸子へ向かった。飼い猫のけだまを弔ってくれて以降、本当に家族ぐるみでお世話になっているT夫妻の奥さんのお住まいへ行く。T夫妻の旦那さんは、癌でお亡くなりになってしまった。それはもう、ずいぶん前の話。癌を患っていることを聞いたのはいつだったろうか。まだ元気だったので、まったく心配をしてなかった。抗がん剤治療を始めてから、副作用で口内炎がひどくなり、口を開ける事も辛く、食欲も減ったあたりでお会いした時は、痩せてきてしまっていた。その後、僕の仕事も決まり、バタバタしているうちに、池袋のお住まいを引っ越しして、息子さん夫婦の住まいの近くに引っ越しをされた。旦那さんは入院から通院にかえて抗がん剤治療を進めていると聞いた。しばらくしてから、訃報が届いた。とても、元気でいつも明るいTさんがお亡くなりになったと聞いて、なにやらぼんやりとしてしまった。日常の中で、常に意識をしているわけではないのだけど、あるはずのものが無くなるということの、言いようのない喪失感。その後も、バタバタしてしまい霊前に挨拶をする時間もなく時が過ぎてしまっていた。やっと家族でお伺いが出来た次第。下丸子駅からすぐのマンションにTさんの奥さんは住んでいた。静かな、お住まい。Tさんの遺影は、まだお若い頃の写真で、髪が黒々としており、白髪のTさんしか知らない僕には新鮮だった。照れるのかカメラに映ることがなかったというTさん。その写真の中では、笑っていた。1人で暮らす今は、やはり寂しいとTさんの奥さんは言う。全てを取っておく事はできないので、Tさんの服を捨てなくてはならないとき、辛かったという。形あるモノを捨てるのは、とても辛いことだろう。息子さん夫婦も多摩川をわたってすぐの場所に住んでいるという。マンションの6階に住んでいて、周りにそれほど高いビルがないので、ベランダからの見晴らしが良かった。


以前も書いたけど、猫のけだまはT夫妻が管理をしていたマンションの施設内で大量の血を吐いて死んでいた、という。僕らはそれを見ていない。Tさんが発見してくれて、そのけだまをマンションの敷地内に埋葬してくれたのだ。おそらくそんな話を聞くと、住人の人たちは嫌がるだろう。何より、血を吐いて亡くなっていた猫を弔う、という作業の抵抗があったはずだ。役所に連絡して、処分してもらうというのが無難な対処法だろうし、そうされても仕方がないと僕ですら思う。けだまのしていた首輪を見て、飼い主が探していると察してくれて、弔ってくれたからこそ、僕らはけだまの最期を知る事が出来た。探し猫のポスターに気づいたTさんが僕に電話をくれたときの、とても丁寧な対応は今も覚えている。けだまの死はとても辛かったけど、最期にT夫妻に弔ってもらえたことは本当に幸福だったと思う。そして、僕らはT夫妻と出会えた。その後もお墓参りで、ほぼ毎日敷地内に入っていた。T夫妻とも交流を重ねた。

ある時は、猫のけだまの世話をしてもらったし、今は嫁氏の実家にいる犬のバーニーの散歩もしてもらった。かつてT夫妻も犬を飼っていたとのことで嬉々としてバーニーの散歩をかってでてくれたTさん。そして、僕らに娘子が出来たことを喜んでくれたT夫妻。僕の実家の埼玉の父と母と、嫁氏の実家の義父と義母。娘子には、埼玉のジジババと、山形のジジババと、そして東京のジジババがいるんだよと伝えていた。本当にそう思う。


T夫妻は、熱海に別荘をもっていた。いつか遊びに来てねと言われていた。Tさんが抗がん剤治療をし始めたとき、元気になったらみんなで熱海に遊びに行こうと話をした。そうなれば、それは本当に楽しいだろうなと思った。その約束はもう叶わない。

夕方になって、マンションを出て、多摩川まで散歩をした。川沿いに出ると、ちょうどいい具合に日が暮れていて、ぼんやりと夕日を眺めた。娘は夕日にはさほど興味もなく、わいわいと走り回っていたけど。雲もなく、富士山がはっきりと見えた。冬の東京の視界。飛行機が遥か上空で一筋の線をつくっていた。錯覚なのだけど遥か上空の飛行機雲は、遠くの空に沈んで行くように見える。娘子に「飛行機雲だよ」というと、「お山に刺さっちゃう」と言った。確かに富士山に刺さるように、雲が伸びていた。娘子の自由な発想は、本当に刺激的だ。日が暮れていく、その時間をゆっくりと、娘子と、嫁氏と、そしてTさんの奥さんと一緒に過ごした。