東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

埼京生活『山本直樹/テレビを消しなさい/しんと』

■ 午前中に降っていた雨は昼には嘘みたいにあがった。止むだけで、厚い雨雲がどんよりと空を覆っているということはしばしばあるけど、あっという間に雲がなくなり、太陽が見え始めて、雨が降ったことすらなかったことになっているというような今日のような状況は滅多にお目にかかれないと思うし、そのあまりに急激な変化になんだか戸惑ってしまう。でも、晴れて気持ちがいい。


レンタルビデオ問題は解決。というか一昨日はどう足掻いても取り出せなかったのに、昨日家に帰ってから再び試みたら、わずか3回ほどEJECTボタンを押しただけで出てきた。特に何か違うことをしたという感じでもないので、どうしてそのタイミングでうまく出てきたのかはよく判らない。機械は難しい。


山本直樹「テレビを消しなさい」(平凡社)読了。漫画とはまた異なる面白さのあるエッセイ。「正気だから、狂気を観察し、表現できるのである。」とは収録されているエッセイの中に書かれている劇作家松尾スズキさんを評した山本さんの言葉だけど、めちゃめちゃ的確に言い当てた言葉だと思う。丁寧な文体の中に、こういった見事な文章がちりばめられてあって、読みやすいのに面白い。それでいて、ああいった漫画を描く世界観を持っている人ならではの文章だなぁと感じさせる。


■ このエッセイの中で、漫画の擬音表現で使われる「しーん」について山本さんが書いている文章があるのだけど、それによると「しーん」を最初に使ったのは手塚治虫ではないかと書かれている。また、言葉の由来は「森閑」や「深閑」といった「しんかん」から派生したと思われる「しんと(意味はひっそりとした)」から来ているのではないかとのこと。なるほど。


■ そこで山本さんは「しんと」という表現が使われている内田百輭の『山高帽子』という小説の一説を引用しているのだけれどもこれが素敵なので孫引き。

「本当ね、しんとしてゐるからね」
「しんと云ふ音が聞こえるだらう」
「あら、そんな音は聞こえやしないわ。何も聞こえないから、しんとしてるのぢゃないの」
「僕には聞こえるんだがなあ」

「しんと」している音が聞こえるのか、それとも何も聞こえてないから「しんと」しているのか。考え方は人によって違うのかもしれないし、その状況によっても違うのかもしれない。ただ、この内田百輭の文章にはなんともいえない美しさがあるし、その言葉をこうやって引用している山本さんの目線というのもまたすごいなぁと思ったりするわけで。いいものを読んだなぁとうれしくなるわけでした。