東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『晴れて穏やかな土曜』

朝、いつもの時間に起きだして、朝食を食べる。少し油断して、のんびりしているとあっという間に仕事の時間ギリギリに。慌てて、家を出る。

家の抜け出していた猫のどじょうが家の前でどかっと座っていた。そうやって時々外を散歩している。個人的には別にいいだろうと思っているので「まだ遊ぶの?」と聞くと、われ関せずの感じで陽射しを浴びてぬくぬくとしていたので、そのままにして出かけた。

とある現場仕事。たまたまなのだけど、いつかは行ってみたいとおもった場所が仕事先で、よもやこんな風に行くとは思わなかった。不思議な構造をしていて秘密基地めいていたが、かつてはそこに多くの文化人が集まっていたのだろうなぁと思う。おそらく改装してしおり、まったくその当時の面影はないのだろうが。

夕方、現場仕事が終わり、なんとなく代々木公園へ。人が多くて賑やか。そこまで寒くも無いからか、思い思いに穏やかな土曜を過ごしている。どこかしらから音楽が聞こえてくる。球技をやっている人もいる。ダンスをしている人もいる。新宿御苑よりも雑多でいろいろな人がいる感じが、面白いとは思いつつ、一人で歩いていると、なんだか、妙に疲れてくる気もする。

17時を過ぎると一気に日が暮れてきた。渋谷の街はどこも人がたくさんいて、カフェも混んでいる。どうしたものかと思い、ネットを見ていたら、シネクイントで映画「宮松と山下」がちょうど始まる時間だったので、思い立って行ってみる。

切られ役などのエキストラを一つの仕事として働いている宮松という登場人物。死んだらすぐに次の設定へと変わり、そしてまた切られる、というのは、さすがに過剰ではあるものの、その、唐突に現れて、ただ、命を落としていく人物を、次々と演じていく描写が淡々と描かれていくことが、現実感を喪失させて、不思議な眩暈のような感覚にさせていく。実際、現実とエキストラの世界が混同するような描写が意図的にあり、どこまでが本当かわからなくなる。時代劇の宮松の死に方が妙に誇張された演じ方をするのだけれども、現代劇の銃アクションのところはがらりとかわり、淡々と、撃たれて死んでいく。個人的にはあの現代劇のただ撃たれる姿が良かった。あと、関係ないが、早替えの衣装部さんと、スタンバイしているエキストラに登場の合図をする助監督の方の、かなりリアリティのある雰囲気も良かった。

身に染みるのは、エキストラの方々は、実際に、自分の名前と役どころを伝えて、衣装部の方々に衣装を手渡しされて、それに黙々と着替えたりするので、その描写が生々しかった。また、台本も製本をもらえることはなく、シーンだけを抜粋された台本を大事にクリアファイルに取っている姿もまた、生々しい。本当のところは、手渡されるのはまだ有難い方で、大半は、台本さえ渡されずに、その場で、現場の説明を受けるだけで、そのシーンの前後のストーリーなど把握もできないまま現場を終えることもある。そういった内側の事情を多少知ってしまっているからだろうが、やや別の意味で身につまされながら観てしまうし、そういうエキストラ俳優でありながら、宮松は、中盤、ベテラン女優との夫婦設定で、明らかに役付の結構、良い役をもらっていてそれはなんでなんだろうと気になってしまった。

前半から中盤にかけての、現実と虚構が入り混じる眩暈がするような感覚の心地よさはありつつ、女優や、監督の、妙な愛憎関係も妖しいし、女優との部屋だと思っていた家はスタジオのセットであることがわかることで、カップ焼きそばを食べる寂れたアパートが実際の家だとわかる描写も寂しさがある。

後半は謎解きの要素をはらみつつ、前半で描かれた描写が回収されていくので、なんとく一連の流れのようなものが作られていく。てっきりそれさえも虚構なのかとおもったら、さすがにそれはなかった。

物語の分岐になる、タクシー会社での出来事の、あの、普通に比べても長い時間(と思える)、倒れ込んでいた主人公がゆっくりと立ち上がり、自分のこれまでの人生に区切りをつけて、去っていくところの、あの、後ろ姿の時間。そして物語のクライマックスになる、妹との縁側での会話の、ショートホープをギリギリまで燻らせて、灰が落ちそう状態になっている場面。カットバックで描いているので、少なくとも2回は、あのギリギリの吸いさしの状態を作って撮影にのぞんでいる。あの、落ちそうな灰の、ギリギリのところの、落ちる描写をみせずに、妙な笑顔を作る宮松ではない山下の表情のなんともいえない感じ。

公式HPにある高橋源一郎さんの解説にあった、過去も未来も無く、その場限りの人物を演じて、死ぬ、ことを繰り返す、ことの、その、「ここ」しかないこと。本来、そんなことは絶対ないはずで、宮松でさえ、山下であったのだけれども、山下は、山下であることを捨てて、宮松という虚構の中を選択した。


帰宅して、筋トレしていると、猫のどじょうが窓の向こうにやってくる。窓を開けて「入る?」と聞くと、またするーっと外の方へでてしまった。