東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『母の手術の日』

引き続き、金銭トラブル解決のために、銀行へ行ったり。まぁ、それはとりあえず解決。それから仕事のリカバリー。保存していたデータを使えずに四苦八苦しつつも、やれることをやる。

夜まで仕事をしてから、久しぶりに実家へ。翌朝、母の手術があるため、実家から母の替えの服なども持って行かねばならず、前日に帰宅することに。21時ころ、恵比寿から電車に。なんやかんやと電車に揺られて、北千住で準急へ乗り換える。以前は頻繁に乗っていた経路。父は同じようにそれで職場へ通っていた。おそらくドアトゥドアでは1時間半は越えていた。それを何も言わずに日々やっていたわけで、頭が下がる。

誰もいない実家へ帰る。ひっそりとしている。父の仏壇に線香をあげる。母もおらず、兄も出て、僕もいない。ひっそりとした実家。この先、この家をどうするか、考えても、正解はない。テレビもつけずにぼんやりする。実家に帰ると、いつからか、お客さん用の布団を出されるようになった。それを寝室から降ろして、1階の居間に敷く。一人ぼっちでこの家にいると寂しくなるかなと思ったけれど、そんなことを考える間もなく、すぐに寝てしまった。

翌朝、目覚ましよりも早めに起きる。実家は朝日が窓から猛烈に入るような場所にあり、いつも朝はその光で目覚めていた。それは今も変わらない。シャワーを浴びて、家を出る。お隣に住む方とちょうどお会いできたので、経緯を報告。「けんちゃん、久しぶりよね」と言われる。考えてみると、ここ1年、母のことはずっと兄に任せきりで、実家にも帰ってなかった。言い訳はできない。

朝9時、母の入院する病院へ。久しぶりにマスクを着用させられる。それもまた、やや違和感はあるが、さすがに仕方がない。移動用のベッドでオペ室に連れていかれる母に会う。「あら、けんすけ、どうしたの」と他人事のように話をしてくる。予想外に元気だった。1時間半ほどのオペ。待合スペースでぼんやりする。5階建ての病院で、その5階に待合スペースはあり、ぼんやりと風景を見る。実家近くは田んぼこそなくなってきているが、平屋の住宅が多く、のんびりした景観だ。その風景の退屈さに、高校卒業した時に家をでて、結果、その後、ほぼ実家には戻らなかった。

オペを終えて、母が戻ってきたが、麻酔が聞いているのか、今度は何も話さず、目も虚ろ。お医者さんの説明を聞くと、ずっと前から、股関節が折れていて、それが先日、転んだことで、痛みが再発したのだという。それを治すべく人工関節をいれたとのこと。母の股関節が折れていたとしたら、あの時しかないと、時期は特定できた。まだ、その時のことが、母の今に影響を与えている。父が急逝し、葬儀を終えた数日後に、硬膜下血腫で倒れてから、母やずっと、そこから、この状態だ。実家の灯が消えて、ひとがいなくなってしまった。未だにカレンダーがあの9月のままなのも、そこから時がとまってしまったからだ。

術後、コロナやインフルエンザ対策で、面会はできず、病院を出る。近くを流れるお世辞にも綺麗とはいえない川べりで少しだけぼんやりする。日差しは温かい。

それから電車で都内へ。なんとなくスカイツリー近くでおりて、隅田川沿いでぼんやりする。日が暮れてくると、一気に肌寒くなり、薄着だったわけではないけれど、じっとしていると堪える。

わずか一日ぶりながら、自宅へ帰る。猫たちが寒さもあってか甘えてくる。それはそれでホッとしてしまう自分がいる。