東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

雨の日の日勤

雨だ。そしてとても寒い。ネットの天気予報を見てみると今日は22℃までしか上がらないらしい。昨日、Tシャツ一枚で寝てしまい、そのせいで朝、目が覚めたら体がものすごく寒かった。この後、数日間も天気が悪いみたいで、それに伴い気温も下がるようで、いよいよ本格的に秋だ。

昨日、夜にA管理人から届いたメールで、修業日記の枠がホームページに完成したとあり、今日の日記からはそちらに書かせてもらいます。昨日の日記はBBSに書き込んだのだけれども、いつの間にか修業日記の方にもコピーされてあり、やけに気が利くA管理人らしい行動を久しぶりに垣間見た。

ブログに限らずネット上の日記はいろんな人が書いている。僕がいつも見ている日記は歌手の曽我部恵一さんとくるり岸田繁さん、映画監督の青山真治さん、マンガ家の和田ラジオ(本当はチに濁音)さん、それから宮沢章夫さん。今日知ったのだけれども奥田民生さんもブログを始めていた。僕が好きな方々の、まさに今、現在の考えや日常を知ることができるのは本当に面白い。本に載っている原稿や、インタビュー記事とは違う温度の文章を、それこそちょっと思っていることを知ることができる。ある点でその人との距離がものすごく縮まる。なにせ、日記を見るわけだから。最近だと面白い本や、気になるミュージシャンがいるととりあえずネットで調べる。そうすると、結構いろいろな情報が入ってくるから。なんというか、ある意味でマニアックになってくる。

昨日は夜勤明けに、そのまま中野へ向かう。以前竹を運んだ、劇団ミヤコハンターの公演を見に行くためだ。とはいってもまだ公演まで時間があったので、中野にある喫茶店クラシックへいく。この喫茶店はいわゆる名曲喫茶。東京でももう数少なくなっている。この前のリーディングで稽古場所を提供してくれたFさんが連れてきてくれて以来、ここにはたまに行く。店内にはクラシックが流れているわけなんだけれども、かつてこういう喫茶店が沢山あったのだろう。レコード盤やデッキを持っていなかった人達が、音楽を聴くために喫茶店を訪れる。そして珈琲を飲みながら、音楽を聴く。気に入った曲があったらそれを何度もリクエストしてみたりする。音楽を聴くために喫茶店へ行く。そんな理由で喫茶店に入るなんて、今は考えられない。誰かと待ち合わせをしたり、何かを書くときには、僕もたまに喫茶店を利用するけれども、そういう時、チェーン店の喫茶店が東京には多いので気楽に入っていまうが、そういうところばかりだとなんだか味気ない。最近は個人経営の喫茶店に行くようになった。店によっていろいろ違うから面白い。それにしても中野のクラシックは創業昭和5年だ。お店の外観ははっきりいって不気味。何も知らないで前を通ると、どう見ても幽霊屋敷だ。まぁ中もあんまり変わらない。床板は老朽化でミシミシいってるし、歩いているとそろそろ穴が空くんではないかと思わずにはいられないところも多々ある。そして何より店自体が歪んでいる。少し大きめの地震がきたら倒壊するのではなかろうか。味わいというか、もうそういうものすら超越している雰囲気を味わえる。

とにかくそこで一息ついてから、ミヤコハンターの芝居を観る。エンブゼミという一年生の演劇を教える学校があり、かつて僕はそこに行った。そこで僕が入ったクラスは拙者ムニエルという劇団の主宰である村上大樹さんという方が専任講師だった。そのクラスでいわゆる同期だったメンバーの数人が、エンブゼミ卒業後ミヤコハンターを立ち上げた。僕は大学に復学したのでメンバーには加わらなかったけど、今でも仲良くしてもらっている。村上大樹さんから教えてもらったことは、大学の演劇サークルでの活動しかしていなかった僕にとってとても価値のあるものだったし、今でも僕が作ろうと思う作品の中に、教えてもらったものが脈々と流れていると思う。だけど僕よりもミヤコハンターの目指すものはもっとその流れを汲んでいる。つまり「笑い」に対するアプローチとでもいいますか。「笑い」をどのような位置づけにおいて芝居を作るか。まず「笑い」ありき。僕も学生時代はものすごくそっち側だった。だけど宮沢章夫さんの日記を見てから少しづつ変わった。「笑い」とは別のものを書いてみたいと思った。だから東京に来てから、自分が作った作品を2回公演したけれども、大学時代、一緒に芝居を作った仲間がそれをみて、ずいぶん変わったと言う。「笑い」は好きだ。今でもやりたいと思うし、もっと「笑い」を考えたいとも思う。だけど位置づけは確かに変わったかもしれない。物語を作る中の一部に「笑い」があればいいと思う。ミヤコハンターの今回の芝居はやはり村上大樹さんの流れを脈々と受け継いでいるように思えた。そこに近づくことは一つの目標であるかもしれないし、もう一方でそこからどう離れるか、どうオリジナリティをだしていくかも考えているのかもしれないけれども。いずれにせよ、同期の人達が演劇という括りの中で活動をしていることは刺激になる。ミヤコハンターのみんなが目指そうとする道があるなら、僕が目指そうとする道もある。「笑い」を考えてはじめた演劇だけれども、今は其処とはまた別の地平を求めている。

話はかわり、岡山で働いている大学時代の同期Iが、昨日付き合っている彼女の両親に挨拶に行っていた。つまり結婚に関しての挨拶である。Iはものすごくびびっていた。それは当然だろうけれども、大学時代、一緒に馬鹿をやっていた仲間が結婚のために彼女の両親へ挨拶に行くという状況は、なんだか感慨深くなる。どうやら無事に終わったらしく夜になってメールがきた。「少しずつ、結婚するんだなという実感が湧いてきた」。もう25歳だ。まわりの同期や先輩、後輩もどんどん結婚したりしている。もはや学生気分なんてどこにもないんだろう。そういう意味じゃいまだに定職にもつかず、演劇のことばかり考えている自分は、学生気分を忘れられないだけなのかもしれない。芝居が終わると、少しだけ周りが目に入りやすくなる。いろんなところで置いてきぼりな感じが少しだけ、する。