東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

埼京生活『上野にて。コンビニのススメ』

■ 生憎の雨になった。天気が悪いとまだ気温が低い。今日は肌寒い一日だった。

中原昌也さんの『あらゆる場所に花束が・・・・・・』(新潮文庫)が本当に面白かった。冗談みたいな台詞がところどころに何気なくあるし、話しもなんとも冗談みたいな出来事が並んでいる。それがしかし刺激的。巻末の渡辺直己さんの解説も痛快だ。以前から結構引用しているこの文章と併せてこの解説を読んでみると「イマ」の時代の小説という表現方法について考えるヒントがある気がするし、それは「イマ」の時代に相応しい戯曲を書くことにも通じる考え方だと思える。そしてその考え方の見本のような小説としてこの小説は挙げられる。いやはや本当に面白い。

■ で、今日。僕は雨の中、上野に向かった。以前、芝居の勉強をしていたとき、通っていた学校が都営新宿線の曙橋という駅の近くにあったのだけれども、僕はその学校の近くにあったコンビニでバイトをしていた。その時、お世話になった店長さんが今、上野の池之端の近くのコンビニで働いている。その店長さんに会うために上野へ行った。

■ コンビニでバイトをしたのは学校に行っていた1年間だった。そこでコンビニ経営という商売の面白さを教えてくれたのが店長さんやその店の社員の人だった。店長はバイトの僕にも真摯に接してくれて仕事に慣れてくるとバイトの仕事以上に色々なことを教えてくれた。そこで学んだことが後々、自分が『仕事』をするときにどれほど活かされていることか。店長はコンビニという枠に収まらない『仕事』をするということを僕に教えてくれた。

■ そんな店長は、それまで社員としてコンビニで働いていたが、この度、オーナーとしてコンビニを経営することになったらしい。店長から久しぶりに電話が来たのは2月半ばごろだったと思う。「自分の店をついに持ったよ」と誇らしげに言ってくれた。僕が働いていた頃から店長はいつか自分の店を持ちたいと言っていた。それが5年前の話だけれども、その言葉どおり実行している店長がなんだかカッコいいなと思ったし、なんだか胸が熱くなった。

■ 久しぶりにあった店長はいい意味で全然変わってなかった。その当時お世話になった社員さんやバイトの人もいた。みんな店長の人柄を慕ってついてきている。そんな仲間達を店長も今後も責任を持って引っ張っていく自覚を持っていると言っていた。当初、そういう風についてきてくれる人たちをまとめてオーナー店をやっていけるか不安だったらしいが、今はすごく経営が順調で、不安が自信に代わり誇りを持って仕事をやっているとのこと。近い将来に新しい店舗も持ちたいと言っていた。そういう風に語る姿勢は5年前と全然変わっていなかった。

■ 一緒に仕事をやらないかと誘われた。ルーティンワークを嫌う店長はコンビニ経営をもっとも難しいけどやりがいのある仕事だと考えている。わずか1年間しかバイトをしていない僕をそれでも一緒にそういう仕事をやるメンバーとしてある程度評価してくれて誘ってくれた。光栄だったし、うれしかった。だけど、やっぱり戸惑った。

■ それは芝居をやりたいという気持ちがあるからだけれども、やはりどこかに『仕事』と真っ当に向き合う立場に立つことに抵抗を感じている部分があると思う。僕はまだまだ中途半端で覚悟を決めて何かをやることに踏み出せないでいる。「もうしばらく自分のやりたいことがやりたい」と僕は言ったけれども、なんだか逃げているようにしか思えなかった。店長のコンビニに、つまり自分がやっていることに対する真摯な姿勢を見ているうちに、なんだか自分が情けなくなってきた。それはきっと芝居に対してもどこか自分が真摯に向き合ってないからではないだろうか。僕は何もできないで毎日を過ごしている気がした。真摯に自分が思うことを貫いている人はかっこいいなと思った。

■ 雨の上野公園はひっそりとしていた。だけどそれも池之端1丁目交差点から上野駅へ向かう辺りに出てくると一気に騒がしくなってくる。僕は傘を差して忙しそうに歩く人の中を駅に向かって歩いていた。