東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

埼京生活『髪結いの亭主/グッとくる唐突な動作』

■ 家常さんが『TOKYOEND』のホームページにもかげわたりが『東京の果て』で演奏してくれた音源をアップしてくれた。是非聞いていただきたいです。でも、なんといいますか、ほんと、かげわたりの演奏は生で聴いて欲しい。あの演奏の雰囲気は本当にかっこいいんで。


■ そしてホームページにはさらにカメラマン井関氏による『東京の果て』オリジナルポストカードもアップされています。カメラマン井関氏が、稽古場ですごい枚数の写真を撮っていて、「この写真を会場で配るよ」と前々から公言されており、最初は冗談だろうと思っていたら、ある日の稽古にさりげなく持ってきたのがこのポストカードでした。井関氏は本気でした。いろいろ加工が施されております。それぞれのカードに役者やバンドの人たちが映っているとのことで、こちらも是非ご覧いただければと思います。個人的には下から2番目のものが好きです。


■ 無料ブロードバンド『GyaO』でパトリス・ルコント監督の『髪結いの亭主』を観る。本当に官能的で素敵な作品だ。


■ 中盤にある回想シーンで主人公の父親がクロスワードをしながら、「クロスワードも女性も難解だ。だから解けたときの喜びもまた大きい」といったことを主人公に語っている場面がある。そして終盤、愛する妻が悲しい選択を選んでしまったあと、2人が共に暮らした床屋で、1人たたずむ夫は静かにクロスワードに興じている。ペンを持ちながら、答えにつまるとしばし思案する。そして何かを思いつくと紙に書き込んでいく。クロスワードを解くという行動は、書置き一枚残して先立ってしまった妻の行動になんとか整理をつけようとする主人公の心情の表れなのだろうし、だからこそそのクロスワードはとても難解ゆえに一生解けないままなのだろうと想像される。それでも夫はこれから一生クロスワードと向かい合っていくのだろうラストの描写は、だからなんとも切ない。


■ 僕は映画の中で男の唐突な動作にぐっとくる性質で、今まで観た映画の中で3大グッとくる「男の唐突な動作」があるのだけど、それは犬童一心監督の『ジョゼと虎と魚たち』の終盤でジョゼことくみ子と別れた恒夫が路上で不意に泣き出すシーン。ついこの前見た『ある子供』の終盤で主人公ブリュノがソニアの前で泣くシーン。そして『髪結いの亭主』のラスト、不意にラジカセに入っているテープを再生させて音楽を流し踊りだした主人公が、またもや不意にその音楽を止めるシーンの3つだ。これらの男の唐突な動作がめちゃくちゃ好きだ。


■ 普通、人はその場に流れる空気の中である程度自分の言動にコントロールをつけている。だけど、唐突な動作はその場に流れている空気を瞬時に崩壊する。それは意図的な崩壊ではなく、その唐突な動作を起こした本人にさえ制御不能な崩壊だ。だから崩壊が起こった空間はその場にいる全ての人を宙吊りにする。その人為を越えて存在しているような空間が僕は好きだ。


■ そういった空間は唐突な動作を起こす男だけで成り立つわけではない。唐突な動作をする男の横には必ず誰か人がいて、その唐突な動作を見つめている。観客は映画を見ているから、流れの中で、その男のことをある程度自分なりに理解しているわけで、その唐突な動作に達する心情を飲み込めることもできるんだけど、横にいる人たちはその状況を観客よりも飲み込めないでそこにいる。ただ呆然と居る人もいれば、理解をして手を差し伸べてくれる人もいる。


■ 『髪結いの亭主』の場合、男のそばにいるのは映画の中に初めて登場する髪を切りに来たただの客だ。主人公である男がテープを再生させて踊りだすと、つられて一緒に踊りだす。自分から「踊りってやつはこうだ」といわんばかりに踊りだすあたり、かなり乗りのよい客として描かれている。だけど、その後、主人公が唐突にテープを止めて椅子に座って黙すると、その客も一緒に沈黙する。このとき、この客は主人公に遠慮して黙るってわけではなく、ともにその沈黙を共有してくれているようなやさしさを漂わせている。


■ 主人公は「家内が戻ってくるんで」とありえない言葉を発した後、再びクロスワードを始めてしまう。ただ単に髪を切りに来ただけの客は、絶対に状況が飲み込めていないはず。「はやく俺の髪を切れよ」と怒り出したっていいところだし、「なんのこと?」と男に問い詰めることもできる。だけどその客が取った行動は雑誌を手に取り静かに読み出すといったものだった。空間から逃れようともせず、だけど空間に飲まれるわけでもなく、その空間を共有しているようにそこにいる。男の唐突な動作があり、そしてこの客がいたことで、はじめてなんともいえない哀しさを湛える空間が生まれる。そんな空間を見せられるわけですから、こりゃもうたまりません。本当に素敵なシーンです。


■ 『GyaO』ではさらに『Jamfilms2』も観れたのでラーメンズ小林賢太郎さんが脚本を書いている『机上の空論』を観た。VIDEO VICTIMってこれを元に作ったのかな。テイストとかすごく似ているものを感じる。


■ それにしても『GyaO』って素敵だな。無料だし。途中でCMが入るのは仕方がないし、映画を観ていると必ずといっていいほど一回フリーズするのは僕だけなのか判らないけど、いろいろ観れるのは本当にありがたいです。