東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『28』

■ バタバタとしていた。もう、ほんと、バタバタとしていた。いや、バタバタがしていたか。むしろ、バタバタもしていただな。まてよ、バタバタでしていたかもしれない。ひょっとしたら、バタバタはしていたかもしれない。助詞も変えますよ、ほんと。そんなバタバタでしたので。助詞は変えますよ、ほんと。もううるさいや、これ。


■ とにかく何があれって、バタバタの按配で人となかなか会えないのが嫌なところではあります。友人に飲みに誘われても無理だったし、大学時代の助手の先生が出張で来たときも会えなかったし、いくつか知人の芝居も観れなかったし。それとかげわたりのライブに行けなかったのも残念だった。話を聞くと新曲を演奏したらしいし。ライブの後に家常さんが電話をくれて、音源を聞かせてくれるという話にもなったけど、断りましたね、私は。せっかくだから演奏してるのを聞きたいですよ。今度、練習に顔出したり、ライブに行くまで楽しみは取っておきます。


■ そういったバタバタに埋もれるわけにはいかんと、1日(日)は仕事をせずに朝から出掛けることにした。まずは散歩。桜を見る。いい具合に咲いている。桜を見ながら歩くのは楽しい。桜を見なくても散歩は楽しいけど、桜があると一層楽しいのだなと思った。


■ それから渋谷へ。『東京の果て』でスチールを撮ってくれたT君が声をかけてくれていたので、待ち合わせをして映画を観ることになっていた。シアターイメージフォーラムツァイ・ミンリャン監督の『黒い眼のオペラ』を観る。映画を観た後、喫茶店でいろいろ話す。映画を見てT君が気になった部分が僕とは異なる部分があって、そういうところの話を聞くのが面白かった。例えば、ツァイ・ミンリャン監督の作品は劇中に歌が流れることが多いが、あの歌の歌詞を字幕で表示することに疑問を持つT君の指摘は最もだと思った。歌詞は意味を付加してしまう。もちろん、監督が意志を持ってセレクトしたその曲は、映画の中で話の説明も多少は兼ねているのだろうけど、そんなことよりももっと純粋にあの音、あの曲を耳で聴くことの方がツァイ・ミンリャン監督の映画にはふさわしいと僕も思う。そういうことを話しているとほんと面白い。


■ 同時性というものがあるのか判らないけど、Tくんもまた波崎ウィンドファームが好きだそうで、何度か行ったことがあるのだそうな。4月にT君が関わる芝居は、風車に関する内容があるのだという。僕はT君とはずいぶん会ってなかったけど、そういうところで、同じ時期に同じようなことに興味関心を持つというのは、これ、なにか、不思議なつながりがあるのだなと思う。T君が波崎ウィンドファームに一緒に行きましょうと言ってくれた。でも、きっと松瀬さんは1人で勝手に行っちゃうんでしょ、とも言われたけど。いやはや。とにかく楽しい時間でした。


■ T君とわかれてから上野へ。大学時代からの友人、Kと会う。こちらも久しぶり。せっかくなので上野の山へ。桜が咲いてきれい。ライトアップされた境内に咲く桜はほんときれいだったので、携帯メールで撮ってみたけどあえなく失敗。

やっぱ夜の撮影は携帯カメラでは限界がある。


不忍池の付近の屋台で桜を見ながらKと話す。話はやはり、というかむしろそのことを話したいところもあったのだけど、昨年の7月に亡くなってしまった先輩のことといろいろについてが中心になった。Kは、また僕とは違う考え方をもっていた。僕は結構人に厳しかったり、わりと放っておいてしまうところもあるから、Kの考え方、人との接し方というのが、ほんと親身に思えて、そういう風に接することが出来るのがすごいなぁと思えてしまう。


■ Kとしゃべっていて気付いたというか再認識したのは、もう大学生の頃から10年が経ったことで、あの頃知り合った人たちとは10年来の付き合いになることだ。10年って長いなと思うけど、それほど経過した気がしない。


■ 3月の終わりに、僕は28歳になった。これからどうなるか先のことはよく判らないけど、とにかく28歳になった。最近、夜中に何か食べ物を食べると朝、胃がもたれることが多くなった。別にそんなことが年を重ねる実感ではないけど、以前とは違うのだなとは思える。Kと話していたなかで、自分が死ぬとき音楽を持っていくとしたら何を持って行くかという話題になった。直感的に頭に浮かんできたのは『雨に唄えば』だった。いつ聴いても好きだからだけど、とにかく、その時はそんな感じだった。まぁ、とにかくバタバタとしつつも、楽しい具合に28歳をやっていければなぁと思う。