東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『七夕ではありつつも』

日曜1日。

朝起きて、池袋から東武東上線で数駅。仕事でとある場所に。駅前の商店街は穏やか。そしてへそ祭り



仕事終了後、速やかに町田へ移動。前日に神奈川に住む叔父から連絡があり、久しぶりに会うため。小田急線の移動のお供を買いに駅構内の本屋へ。物色した結果、内田百輭の『百鬼園随筆』を購入。独特の語り口が面白く、気がついたら町田着。近況等話しつつ、ある相談を受ける。なるほど。


話を終えてから、1人、新百合ケ丘へ移動。川崎市アートセンターで上演されていた地点の公演『あたしちゃん、行く先を言ってー太田省吾全テクストよりー行程2』を観劇。ブロック塀が整然と並ぶ舞台と映像が素敵で、客入れの間、ずっとそれに見とれる。言葉を発すると言う根本的なところを突き詰めようとする舞台。

基本的に役者はブロック塀の上のみに立つ。移動の際は、ブロック塀からブロック塀へとジャンプする。アフタートークにおいて、ジャンプの際に踏み外して怪我をするんじゃないかとハラハラしてしまいましたという、ちょっとふざけているのかと思う様な質問があったが、それに対する演出の三浦基さんの解答が僕には刺激的だった。

例えば、能のようにゆっくりと時間をかけて歩くというのは、フィクションとしての動きである。三浦さんはそういうフィクションの動きにはまったく興味がいかないという。そうではなくて、役者の身体に負荷をかけてみる。例えば、重い荷物を持たせてみる。歩ける場所を限定する。制約を与えることで、役者の身体に生じるなにものか。
今回の芝居で言えば、舞台はブロック塀の上に限定されている。
「僕は」と言って三浦さんは、舞台上の床を触り、ここに立つということに対して常に疑いを持っている、と語った。現状の舞台空間をそのものを根本から疑う眼差し。そういった視野が、刺激的な舞台創作につながっていると思えた。それに役者は何ヶ月も訓練しているから絶対に怪我はしないけどね、と一言添えていた。


谷川さんから『SHINGU,』に関する感想をもらう。編集に関して、もっと尺の短いものを挿入し、リズム感を持たせてもよかったのではや、前半の無音部分にも何かしらの音があってもいいのでは、というもの。タイトルに使用しているフォントに関する提案等、とてもためになる意見をもらう。感謝。


というわけで、バタバタとした日曜。とはいえ時間があるときにいろいろとしておかなければ、どうやらいよいよ7月は忙殺されそうな気配。