NHKで先日放送していた『しげると布枝〜漫画家夫婦の旅路』というドキュメンタリーを録画していたので、それをみる。
80歳を超え、今尚、現役作家として漫画を描き続ける水木しげるさんに、対談相手である作家の戸井十月さんがあえて尋ねた『死の先にあるもの」。興味深かったのは水木しげるさんの返答。死の先には『無』しかない、というものだった。だから死は怖いし、死にたくないという。妖怪などが出てくる作品をたくさん作っている著者の方だけに、死後の世界にも独自の考え方をお持ちかと思っていたので、まさか『無』という言葉がでるとは思わなかった。
僕の知っている中では、寺山修司さんもご自分の作品の中で、死後は何もないという言葉を語っていると記憶する。『死』に対するあらゆる考えは、生きているときだからこそ出来るものであり、肉体の『死』は、それらの思考の『死』でもあり、『死』という考え方も死に残るのは『無』である、というようなことを語っていたと思う。僕自身、この考え方に同意する。
だからこそ、僕が忘れないでいようと思った。奢った言い方ではなく、何人の『死』がそこにあったら、僕がその人のことを忘れずにいようと。そうすれば、『無』の先に何かが残るのだろうと思う。
ドキュメンタリーの最後、水木しげるさんの奥さんである武良布枝さんが書かれた自伝『ゲゲゲの女房』の結びの言葉が朗読されるのだけど、その文章が本当に良かった。布枝さんが夕暮れの海岸沿いで、暮れ行く夕陽を眺めてぽつりと「終りよければ全てよし」と言葉にし、それに「良いこと言うな」としげるさんが返したというやりとりが、飾り気なく書かれた文章で、それが朗読されるのを聞いているとなんだか涙がでそうになった。久しぶりに美しいとしかいいようのない言葉に触れた気がする。