東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『黄金週間覚書』

暖かく穏やかな連休、覚書。

29日(木)。午前中は久しぶりに掃除。掃除機をかけつつ床吹き。さらには洗濯かつ布団干し。それから思い立って髪を切りに行く。長くて鬱陶しくなっていたので思い切っていつもより短くしてもらう。さっぱり。自転車で走ると頭がスースーする。帰りがけに池袋のビッグカメラへ。本店にも西口店にも行ったのだけど、欲しかったZOOM製のICレコーダーがいずれも品切れ。某日本総本店に行く気はなかったので、帰宅。

夜9時あたりに家常さんがギターを持ってやってくる。諸々試そうと話をしており、やって来てくれた次第。エフェクターを準備していると、猫のみぞれが興味深そうにやってくる。

家常さんの書いた詩を僕が読む。それに合わせて家常さんがギターを弾いてくれる。事前に決めごとをしたわけではないのだけど、詩と音が合うタイミングがあり、これは個人的な感想ながら、言葉を発し、それが音と重なる気持ち良さがあった。もちろん要検討な部分はありながらもなにか手応えを感じる。それで家常さんを家に送りつつ、何か撮ろうと思いカメラを抱えて夜の町を徘徊。それで写真や動画を撮る。


もっといろいろ撮ろう。


30日(金)。仕事。連休前にやらねばならぬことが多く気が付けば深夜まで作業。


5月1日(土)。昨日の仕事の続き。夕方辺りまで諸々作業をし、帰宅。家に着いてぼんやりしていたら宮嶋君から電話。飲もうということで街へ出る。バンド練習後の宮嶋君、谷川さん、家常さんと居酒屋へ。当初は2時間くらいで一区切りという予定が気が付けば閉店まで。都合、5時間くらい色々な話をしていた。家常さんは途中で帰ったものの、宮嶋君と谷川さんはまだ少し飲むということでなんとなく徘徊。僕は帰るつもりだったのだけど、なぜか見送られることになり2人が家まで着いてきたので、どうせならということで家で軽く飲み直す。くるりの『鶏びゅ〜と』を聴きつつ雑談。僕は途中でグロッキー。2時過ぎくらいに終了。すぐに就寝。


2日(日)。と、いうのも朝6時過ぎに起きて嫁松の実家、山形は新庄に出発の予定があったから。着替えをバックにつめ、猫のみぞれもバックにつめ、慌てて出発。けだまの墓に挨拶をして池袋駅へ。目的の電車にギリギリで間に合い、大宮へ。それから新幹線。さすがに車内ではほぼ睡眠。気が付けば新庄着。あちらはちょうど桜が満開の季節。そのうえ、半袖でも充分の心地よさ。新庄城址の最上公園では『カド焼き祭り』なる行事が催されており、通称カドと呼ばれるニシンが1匹まるごと焼かれたものを食べさせてもらう。


ニシンでかいよ。桜と肴をいきなり満喫。それから嫁松の実家へ。2週間ぶりの犬バーニーは予想を超える成長をしていた。生後5ヶ月のでかさではない。足の長さがもはや自分の見知ったそれとは違う。とはいえ、まだ若い犬なので、誰が来てもうれしょんをする癖はなおっておらず、僕を目にした犬は興奮のあまりうれしょんをしていた。久しぶりにバーニーを散歩。さらに近所の温泉へ連れてってもらいビバノン。夜は義父さんが採ってきてくれた山菜をたらふく御馳走になる。


3日(月)。朝もバーニーを散歩。それから介護施設に入っていた義祖母さんが一時帰宅。そういうこともあり、義祖母さんの親族が一同に介し宴会が行なわれた。近隣に住む親族がぞくぞくとやってくる。入れ替わり立ち替わり総勢20名ほど。そして皆さん、酒がお好き。陽気な宴会は昼前からワイワイと始まる。『にぎやか』と表せばそれはそうなのだけど、友人と飲むそれとは少し雰囲気は異なる。大人の飲み会というほど行儀が良いわけではなく、そこには土地ならではのというか、なにかそういうものを感じる。義祖母さん親族兄妹の方々も来ている。自称『涙もろい血統』だというその人たちは「いい日だ」「みんな来てくれてよかったなぁ」とことあるごとに涙を流していた。後から聞いたことだけど、これほどの人数が集まった宴は初めてなのだと言う。近場にいても、それぞれの時間がある。それでも深い場所で繋がっている血がある。誰かが泣くと、それに共鳴するようにまた別の誰かが泣く。
「ばあちゃんの歌が聴きたいな」とかけ声があがる。手拍子が始まると、照れながらも義祖母が唄い始める。僕の知らない歌。しかし、そこにいる人たちは手拍子とともに合いの手を入れる。震えるような声。手拍子と合いの手。濃密な空間。後から、その唄は新庄節だと知る。僕は酒に酔ってしまい、途中でグロッキー。宴は夕方まで続いた。


4日(火)。うってかわって霧雨の一日。義父さんにいくつか新庄の名所に連れてってもらいつつ、瀬見温泉共同浴場へ。入湯料200円也。激熱の源泉に戸惑いつつも入浴。それから義祖母を施設へ連れて行くのについてゆく。「どこに行くんだ」という義祖母さんの問いかけに「みんなのところに帰るんだよ。またすぐにこれっから」と応える義母さん。施設に送った時、義祖母さんは寂しそうだったとは嫁松の言葉。何も言えず。
さすがにUターンラッシュの時期。新幹線の指定席が満席でいくつか本数をやりすごしつつ、結果的には自由席で帰京。新庄は山形新幹線の始発駅なので、こういう時は有り難い。朝に降っていた雨はすっかり止んで、車窓からは夕陽が見えた。21時過ぎに帰宅。ぼんやりしつつもとりあえずは一段落。