東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『FOUJITA』

tokyomoon2015-11-21

昨夜、いろいろあって地方から都内に戻ってきたのが深夜になった。さらに家に戻ろうと運転をしたものの、東名から首都高に入るところであまりの眠さに力尽き、首都高の入り口にあるパーキングで仮眠をとる。目覚めると朝の4時半で、さすがに寒かった。すでに車はすごい台数が走っていた。


家に帰ってから改めて眠り、目がさめると朝の10時を過ぎていた。嫁と娘は猫を病院に連れて行っていた。猫のみぞれが血尿をだしていた。僕はその間に掃除機をかけて洗濯をして、布団を干す。2人が猫と帰ってきた。みぞれの腎臓機能がちょっと弱っているらしい。普段と変わらないのだけど、調子が悪いらしい。昼食を食べてから、嫁と娘は幼稚園の友達の家へ。僕は有楽町へ。


小栗康平監督『FOUJITA』。
日本の映画監督で1番好きな監督。最新作も本当に素晴らしかった。

藤田嗣治が自分の絵について取材をする記者に語る言葉。
「私の手が描いているこの『線』が生きているかどうか」。
その筆致に想いを傾ける姿勢。

さらにモデルを間近に置いて人物画を描くことが自分の描き方だと言う藤田の、その考え方を反映したかのような、藤田が見つめた近距離の世界が、戦前のパリの絵画製作と享楽の日々が、戦中の日本の昏く重い日々が、そして藤田が見たかもしれない夢幻の日々が淡々と、美しく映し出される。

絵を見る藤田をワンカットで追ったシーンの静謐さ。
パリの街を流れる川が逆流する実景。
刹那的で幻想的なパリの宴の夜。
加瀬亮さん演じる若き教師が戦争へ向かう前に語る物語。一人称が無くなりつつ語り継がれていく物語。
圧倒的な存在感の樹木の実景。
あの世のような、山の向こうの世界を歩くクライマックス。

挙げるときりがない。
夢中になった。映画を観た。


それとは別に、ネットで見つけた記事。
自分のためにメモ。

People want to lead a peaceful lives. The terrorists are short-sighted, and this is one of the causes of rampant suicide bombings. We cannot solve this problem only through prayers. I am a Buddhist and I believe in praying. But humans have created this problem, and now we are asking God to solve it. It is illogical. God would say, solve it yourself because you created it in the first place.

We need a systematic approach to foster humanistic values, of oneness and harmony. If we start doing it now, there is hope that this century will be different from the previous one. It is in everybody's interest. So let us work for peace within our families and society, and not expect help from God, Buddha or the governments.

人々は平和を欲しているが、テロリストは近視眼的であり、それ故に彼らは自爆テロを行う。我々は、祈るだけではこの問題は解決できない。私は仏教徒であり、信仰を信じている。問題を作り出したのは人間なのにも関わらず、問題の解決を神に委ねることは論理的なこととは言えない。神ならばこういうかもしれない「問題を作り出したのは人間なのだから、自分たちで解決しなさい」と。

我々は、人間性と協調心を育て上げるためにシステマチックなアプローチを取る必要がある。今からこれらを始めるならば今世紀は前の世紀とは異なるものとなるだろう。それを始めるかどうかは、全ての人々、一人一人の考え方にかかっている。それを成すためには、神や政府に頼るのではなく家族や社会のなかから平和のために働くことを行うべきである。

ダライ・ラマ(Dalai Lama)がドイツ国営放送局のDeutsche Welleのインタビューに応じたものの一部の要約。

ネットに上がっていたものを抜粋させてもらいました。