東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『嫁娘、東京へ来る』

金曜日に休みをもらい、山形へ。嫁氏と娘子が東京に戻ってくることになった。出産の準備から数えると、約半年。振り返ればずいぶんな時間。
嫁氏の実家の、和室に非常に興味深い、書道の作品が貼ってあった。聞けば、おばあちゃんが書いたものとのことだけど、なぜこのフレーズをチョイスしたのか、非常にすばらしい。

よく見ると、裏にさらに半紙が貼ってあったので、めくってみると次に出てきた言葉もまた実に味わいがある。

腹を抱えて笑いつつも、本当に、率直に、この2枚の半紙には心揺さぶられた。


23日(祝・木)は、嫁側の親戚の人たちに集まって頂き、お食い初めをやっていただく。私は、ただ食卓に座するのみで、すべての段取りを嫁氏の実家の方々にやっていただく。鯛を丸々1匹焼いたものを、お宮参りの際にもらった箸で娘子が食べる、ふり。こういった行事はきちんとあるものだなぁと人ごとの様にしみじみ。親戚一同から「しっかり育ててくれよ」と言われ、「はい」といいつつ、酒で酩酊。


24日(金)。義父さんの車で走っていると車の前を蛇が横切る。義父さんは、蛇の種類を見定めるために停車したが、生憎、蛇は畦の中に逃げていってしまった。「怖いですねぇ」と僕が言うと「マムシだったら獲って食ってたんだが」と悔しそうに漏らすの義父さんであった。
諸々の経緯ははしょりつつ、私は、義父さんの里芋畑での農作業を手伝った。朝一番と、夕方に畑にて汗を流す。夕方、すっかり肌寒くなった畑の中から空を見ると、夕焼けでオレンジ色になっていた。あれは、大学一年生の春だったと思う。長芋農家で収穫作業のバイトをしていたとき、日暮れの畑から、夕焼けの空を見た。まだ気温が低く、日が暮れてくると寒かったように思う。寮の先輩から紹介されたバイトを考えなしに引き受けて、ヘトヘトになりながら長芋を掘った。北海道に来たばかりの僕は、いわゆるホームシックのようなものにかかっていたり、今後どうなっていくのか判らない不安の様なものの中で日々を過ごしていて、そういったなかで黙々とした肉体労働をした身に、あの夕焼けはなんだか沁みた。肯定的なものも否定的なものもひっくるめて、内側から溢れてくるものがあり、うまく言葉にできない感情で埋め尽くされた。あの風景は忘れがたく、ある。そんな風景を久しぶりに思い出した。

夜は、「食べさせたかったので」という嫁氏実家一同のたってのアレで、熊の下顎が丸々入った鍋が出てきた。熊さん、こんちわ。味は、やや癖がありつつも美味しい。貴重な食体験。農作業の疲れもあり、わずか一杯の酒で酩酊。


25日(土)。朝一番でレンタカーを借り、いよいよ東京へ出発。東京まで一緒に来てくれる義父さんはともかく、義母さんとはここでお別れ。ここまで出産から新生児期の一番大変な時期の面倒を見て頂いた。本当に感謝の言葉しかでない。正月などの長期連休には必ず顔をだせればと思う。
山形から東京までの長距離移動ながら、義父さんの高速ドライブテクもあり、15時過ぎには東京に着くことができた。娘子も元気。それで、埼玉の僕の実家に寄ることに。久しぶりに対面する孫に、父と母が興奮しており、「笑った」「泣いた」とおおはしゃぎ。孫とはこれほどにも父と母を豹変させるものかと改めて驚く。夕食を近所の蕎麦屋でとり、そろそろ家に戻ろうとすると「2時間しか孫と会えないなんて」と寂しがる母親。「正月などの長期連休は、山形へ行っちゃうから、父と母は暇があれば東京に見に来ればよい」と言ってやる。


26日(日)。朝起きて娘子を連れて、義父さんと近所散策。大鳥神社さんと鬼子母神さんの娘子のお披露目。義父さんと娘子に僕が大好きな大公孫樹を見せる。「ちょっとそこに立ちなさい」と言われ、鬼子母神本殿前に娘子を抱いて立つと、デジカメで一枚撮られた。後で見ると、光が強過ぎで白く飛んでいた。
朝食を摂ってから、4人で池袋散策。西武百貨店や宮城の物産館、それから東急ハンズなど周辺をぶらつく。ふと、小津安二郎監督の『東京物語』を思い出す。僕は原節子になれていたか。いや、女になっていたかというわけではなく。
昼過ぎに、山手線で上野へ。義父さんが山形へ戻るのを見送る。いつもは寡黙な義父さん。孫を前にすると、途端にやさしいおじいちゃんの顔になる。旦那としての僕に対して、いろいろ思うところもあるのだろうけれど、なにか直接、言われたことはない。今回の様に、ある事柄の節目では、率先して仕切ってくれる。山形から東京へ帰る際にも、「俺も車で一緒にいく」と自ら申し出てくれた。涙して見送る義母さんを前に、そっと「一生会えないわけじゃないんだから」と言ってもらえた時は、とても有り難かった。半年もいた娘と、生まれてからずっと一緒だった孫が、二人揃って突如、自分たちの前からいなくなることは、ご両親にとって本当に寂しいことだろう。
「よろしく頼むな」と、そっと言葉にして、義父さんは上野駅の改札に入っていった。
本当に、義父さんと義母さんには感謝してもしきれない。

というわけで、戻ってきた嫁氏と、娘子と、猫のみぞれと3人と1匹で新しい生活が始まる。