東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『祭りや結婚式のこと』

tokyomoon2018-09-18

9月のあたま、地元の大鳥神社例大祭がある。この9月にある祭りが好き。屋台はそこまで出ているわけではなくこじんまりとしているが、奉納神楽などが行われるのを見てぼんやりするのが楽しい。今年はビール片手に見る。風はすっかり秋の風。たこ焼きを売る屋台を出している店の人はご老人で、それを手伝う20代後半くらいの女性がいる。たこ焼きを焼くのは老人、お会計など接客をするのは女性。老人は慣れた手つきで黙々とたこ焼きをひっくり返す。屋台の裏側で、3人の女の子が遊んでいた。年齢はバラバラで1人は小学校高学年くらいで、もう1人は低学年くらい、そして、もう1人は幼稚園くらい。仲良く遊んでいる。うちの娘がそれを見て羨ましがっていて、「楽しそうだねー」とその姉妹に届くくらいの大きさで話しながら徐々に距離を縮めて、やがて混じって遊び始めた。そのアプローチの仕方が面白い。たこ焼き屋の女性がたまに遊んでいる子たちのことを気にしていて、どうやら3人は姉妹でこの女性の娘たちなのだと思われる。


常々、屋台というのはどのように始めるのか疑問で、焼きそばやたこ焼きなどの飲食系はもちろん、年老いた老人の金魚すくい屋とか、謎の宝クジやとか、ああいうものを仕事にするきっかけとはなんなんだろうと思う。たこ焼き屋の老人の手つきはベテランのそれで、器用な手つきでたこ焼きをクルクルと回し、器にいれていく。注文を取る女性はお客さんにマヨネーズをつけるか毎回確認して、お客さんの希望に応じてマヨネーズをかけたりかけなかったりしつつ、大量の鰹節をかけてゴムで閉じて渡す。息のあった仕事だけど、それが親子だからなのか、長年やっている仕事のパートナーだからなのかはわからない。子供たちはいろいろな祭りを渡り歩いて、こうやって母親が仕事をしているときは、祭りの隅で時間をつぶしているのか。いろいろな祭りを見れると思うとそれはそれで楽しい毎日のような気もするけれど、それが日常になるということはどういうことなのだろう。僕にとっても娘にとってもお祭りは非日常で、この日だから夜遅くまで遊べるという特別な気持ちになる。夜、神楽の音、祭りの雑踏、たくさんの人。いくつものワクワクする要素がある。姉妹たちは境内の中で石を集めて顔や身体中を汚して遊んでいた。夜9時をまわりある程度、人の流れも落ち着いたところで、老人はたこ焼きを焼くのをやめて、向かいの屋台でジュースを買い、タバコを吸い始めた。よく見ていると、屋台の人同士は顔なじみなのだろう。常に一緒に行動するわけではないだろうが、会えば会話を交わし、情報を交換しているように思う。彼らのような生き方には、それ相応のリスクもあるのだろうが、一つ一つ目の前でお客とやりとりをして、お金を受け取る商売は、常に他者との出会いで、それはずっと昔から行われている売買の根源のようなものだろう。祭りの時の風景の写真をなんとなくモノクロにしてInstagramにあげたところ、「何かあったのか写真が暗いぞ」と言われた。自分としては祭りの時の風景がなんとなくそういう雰囲気だった、というだけなのだけど。


いつのまにか、三姉妹と離れ離れに遊んでいる娘は、小学校の同級生とかけっこをして、僕はその2人とプロレスごっこをして遊んだ。汗だくになる。しばらくしてから、まだ帰りたくないと嫌がる娘をなだめて帰宅。


先日の祝日の月曜日、僕の従兄弟にあたる人の結婚式があり、家族で参加。さいたま新都心へ。小学校の頃から遊んでいた従兄弟たち。すっかりみんなアラフォー。考えてみれば僕たちが小学生の頃、大人たちはお酒を飲んで固まっていたが、おそらく今の僕らの年代だったはずで、そう考えると僕らは子供達からしたらだいぶ大人のはずで(当たり前だけど)、でも、それは僕らが当時、見ていた父親たちと重なるのだろうか。そう思うのは自分が大人になりきれず、ガキみたいだからかもしれない。見た目ではなく考え方が。あの頃の父親たちは酒を飲みながらワイワイと何かしら僕らの知らない話をして笑い、「けんすけ、大きくなったなぁ」と赤ら顔で話しかけてきた。夏休み、親族たちが集まるのはだいたい九州で、南の少し強めの方言に僕はその都度、ビビっていたし、大人たちの姿はなんだかデカめの樽が何個もそこにあるような威圧感があった。僕らは瓶のコーラを、コップでたらふく飲めて幸せだったし、従兄弟たちと走り回ってはしゃいでいた。似たような印象を子供達は僕たちにも見るのだろうか。


それにしても、結婚式は幸福の塊みたいだなぁと思う。幸せが溢れている2人と、その幸せを喜ぶ人たち。何より父親、母親の新郎新婦を見る眼差しの喜びと寂しさの混じった複雑さたるや。そんなこんなで、ほろ酔いで、帰路。池袋から歩いたが引き出物が重く、結果的に汗だくになった。


まだ、暑さと寒さがいりまじった日々が続く。