東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『人生はいろいろある』

朝。目が覚めたら10時ちょっと前。ずいぶんとぐっすり眠ってしまった。陽ざしに当たった布団は脅威だ。これほどぐっすり眠れるものはない。

モタモタと朝食を食べて、洗濯ものを干す。週末ということもあり、娘の体育着やYシャツなどがある。天気予報を調べると15時ころに雨が降るらしく、今日は室内干し。

それから仕事。いろいろと作業。やらねばならぬことはひっきりなし。とはいえ、やりがいのあるものは頑張りたいと思う。

それまで晴れていたのに、15時近くになったら、図ったかのように雨雲が出てきて、一気に暗くなり、強い雨が降り出した。

東出昌大さんのインタビュー記事(https://news.yahoo.co.jp/articles/443d5336b83024d38bdb1e21a8fd27dfd7608088?page=1)があり、それを読む。一つ一つの質問に、真摯に答えている印象がある。正直なところ、男女の問題などは個人のことなので、マスコミなどがざわざわ騒ぐものではなく、本人同士が折り合いがつけばそれでいいと思っている。この記事にも本人の言葉でいろいろと書かれているけれど、どれほどの無関係な他者からの言葉が降り注がれたのかと想像すると、それはしんどいと思う。東出昌大さんのことは、特に詳しく知らないし、今後も、接点はないだろうけれど、とはいえ、出演作品の映画をいくつか観た者として、「桐島部活やめるってよ」や「聖の青春」、「草の響き」の東出昌大さんのお芝居は、とても素晴らしいと思うし、観客の立場の僕は、ただ、その映画でのお芝居を楽しむのみの立場で、それでいいのだと思う。パーソナルなことは、それ以上は知らなくていい。そうではあっても、この記事を読むと、今、真摯に向き合っていることが伝わってくる。というか、半自給自足はすごい。そうやって命をいただきながら、自然の中で生きていることは本当に凄いと思う。

「僕にとっては金を稼ぐ手段なので、やめられないです。生きていくために、と言うとネガティブに聞こえるかもだけど、歯を食いしばってやることもある。こんなに苦しい仕事を、いつまで続けるんだろうって途方に暮れたり。でもそこが、楽しかったりする」

俳優をやり続ける言葉に、繕うようなところはない。決して良いことばかりでなく、本当に苦しい仕事であることも伝わる。

「よかったと今は思います。たくさんの人に迷惑もかけたけど、退所が決まって、引っ越して、もうひとりだ、と思ったら、肩の力が抜けました。のたれ死んでもいいやって、僕の狭い範囲の、限界までは考えた。山に入って、飯食って、排泄して寝る。それだけで何か、癒やされるものがあった。こっちの先輩たちに言われたんです。『人生いろいろあるだへ』。いろいろあるけど、大丈夫だ、って。その言葉に救われました」

この言葉にある、先輩たちと呼ばれる方々の対応もまた心打たれる。安易な同情をするわけでもなく、慰みがあるわけでもない。救いなど簡単には無い。ただ、話を聞き、本人の行動を肯定する。きっと他者ができることはこういうことなのだと思う。

職場を出ると、雨はやんで、空は雲一つない。寒さはそこまで厳しくは無いものの、とはいえ、寒い。こういう中でも、自給自足の生活を自然の中でする、というのは計り知れない覚悟が必要だと思う。2月に東出さんの生活を追ったドキュメンタリー映画が上映されるという。興味本位ということではなく、観てみたいと思う。

仕事終わりに友人と少し話をしたのだけど、基本的に、人が人を裁くことは本来は無理だと思う。当然、法律はある。裁かれるべきことは、刑事、民事、法律に基づいていずれかで裁かれるべきだ。裁判官はあくまで法律に基づいて判決を下す。決して私情で裁くわけではない。やっかいなのは、そういった法による裁き以外の社会的な制裁だ。SNSの普及は、一個人が発信できる可能性を拡げたけれど、かといって、その一個人が、個人の「正義」のもとに、誰かを裁くことはできないはずだ。そこのバランスが崩れると、いろいろなことに、ゆがみが生じると思う。基本的には、当事者以外は、入ってくる必要はない、と、僕は思う。