東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

『Here』

日曜。朝8時10分過ぎ起床。やや寝坊。日曜ということで油断した。外に出ると小雨が降っていたので、傘を持って出かける。職場で少し仕事。月初に持ち越してしまっていた精算業務などをする。でも、まぁ、立て替えたお金が戻るわけだし、ちゃんとやらねばならない。

日曜はメールや連絡もすくないので、仕事をしていてもスムーズ。昼過ぎに職場を出て、渋谷へ。カフェに入ろうと思ったけれど、どこも混んでいる。ようやく空いてる席を見つけて、ソファ席に座る。パソコンを開きつつ、山田太一さん編集の「生きるかなしみ」を読む。

聞き耳を立てていたわけではないのだけど、周りの席の声がやけに耳に入る。最初に気になったのは二人の若い男性が話をしていた「正解はくさのようこでした」という話声。一体、くさのようこは何をしたのか。で、そのあと、別の席から「モンゴルに13年」という話声が聞こえてくる。人も多く、会話も様々なのだけど、断片的に聞こえるフレーズがやけに気になる。

しばらくしてから、隣に座った男性と女性の組み合わせ。どうも男性は何かの仕事の採用者で、女性は面接を受けている人の様子。こちらも聞き耳を立てていたわけではないのだけれど、何せ隣なので、嫌でも耳に入る。「うちの店は客層が若い」「稼ぎたければ、他店の方がいいけど」というような聞こえてくるが、総合すると、どうも男性向けのマッサージの店で、どちらかというと少し大人向けの店の採用面接のようだった。で、女性は他国から来たようで、本人確認をパスポートでしていた。繰り返すが、聞き耳を立てていたわけではなく、男の説明のボリュームがやたらと大きいのだ。

興味深かったのは、客を取ることを「“なる”」と表現していることで、誰それは「よく“なる”」と言っているのが、業界用語っぽくて面白かった。

夕方、渋谷の宮益坂にあるル・シネマへ。先日、日曜の最終回は1200円だということを知って、気になっていた映画を観る。

バス・ドゥヴォス監督『Here』。4:3の画角サイズ。緑色が印象に残る。説明する会話はほぼ無いが、ブルーカラーの工事作業者である主人公の男性が、ホリデー期間に入り、ひと月ほど住んでいる街を離れて、おそらく実家へ帰省する予定。冷蔵庫の残り物を片付けるため、スープを作り、友人たちにおすそ分けをして回る。どうやら男は、睡眠障害を持っているのか、ふいに眠ってしまう症状があるらしいが、その理由などは不明。それと別で苔を研究する大学の教員である女性も同じ町に暮らしており、たまたま、その女性の親族が働く料理屋で、二人は出会い、短い会話のやり取りをする。その後、また、たまたま山道で、帰省のため、工場に点検に預けていた車を取りに歩いていた男性と、苔の研究をしていた女性は、再開して、山の苔を調べるため、少しの時間をともに過ごす。

二人の出会いは偶然で、その2回のやり取りも、些細なもので、そこから何かドラマチックな展開は、映画の中では起きない。ただ、その萌芽として、物語のラスト、ヴァケーションに出かけた男は、最後に、その料理屋に、女性に宛てて、スープを預ける。料理店の店主である親族はそれを女に渡して、「知り合い?名前は」と尋ねるが、女は、名前さえ聞いてなかったことに初めて気が付く。映画はそこで閉じるが、暖かい始まりを予感させる。振り返ると、料理店に入ったきっかけは突然の雨で、男は、雨に降られたがゆえ、料理屋に入り、テイクアウトの注文をしていた。そして、山で再開した際も、晴れて散歩日和だったのに、最後には雨が降り、どうやら二人は、雨の中、しばらくの間、山で雨宿りをしていたと思われる描写がある。「はじまりはいつも雨」というわけではないが、苔が生育するうえで、降り注ぐ恵の雨とでもいうのか、二人の関係の始まりを予感させるような印象だ。

奇跡というには、些細な、偶然の出会いのもつ歓びのようなものを切り取ってくれるようなフィルム。あとで、クレジットを見ると、16mmフィルムらしい。印象に残ったのは、山の中を歩く二人の描写を切り取ったショットで、山の鳥の音や自然音ははっきりと流れるのに、画には映っている電車の走行音が入ってない場面があった。フィルム撮影なので、当然録音は別で録られており、そこの音は後から、足したり引いたりされている。そういった場面は他にもはっきりあったが、意図的に、音を引いている場面があり、ありのままの空気音を活かしているわけではないことが伝わる。あの二人の場面に、人工的な音は必要ではないと判断され、自然の中の、風や鳥のさえずりのみが採択されていた。

心地よく充実した日曜の夜。