東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

小津映画に酔う

暑い日がぶり返してきたと思ったら、今日の寒さは何事だ。正確に言うと昨日の夜から、いきなり寒くなった。不思議だと思うけれども、今年はなんだかイキナリな感じが多い。

昨日、夜勤明けに渋谷へ行く。どうして渋谷へ行ったかというと候孝賢監督作品「珈琲時光」がやる記念で、いや、小津安二郎監督生誕100周年記念で、小津映画が特集でやっているからで、「珈琲時光」も小津安二郎さんに捧げるオマージュとして撮られているそうだ。小津作品を映画館で見れる機会はこれまでも何度もあったものの、そのたびにタイミングがよろしくなく、泣く泣くあきらめていたのだけれども、今回は行けるじゃないかと思い、すかさず渋谷へ赴いた。渋谷ユーロスペースで一日に4本の小津作品が上映されているのだけれども、さすがに4本全部見るのは厳しいので「晩春」と「東京物語」の2つを見ることに決める。チケットを購入してからまだ時間があったので、どうしようかと考えた末、献血してみることにした。前に献血したのは免許の更新の時だったから、もう半年以上経つ。運転免許センターに付属している献血ルームで「いっちょ抜いとくか」と思い献血して以来だ。献血ルームは予想外に混んでいた。サラリーマンもいたし、おばちゃんもいたし、結構若い人もいた。それにしても最近の献血ルームはきれいな作りだな。雑誌も豊富だし、ドリンクは飲み放題。束の間の休憩には持って来いと言われるのも頷ける。まぁ半年に一回くらいしかできないけれども。400mlも血を抜かれるというのは不思議なものだ。通常そんなにいきなりなくなることはないわけだし。血が抜かれることで、新しい血が作られると思うと、なんだか体がリフレッシュした気分になる。さぁ体よ、血を存分に生産してくれい。

快適に血を抜かれているとめでたく時間も経ち、「晩春」を見る。父と娘の、それぞれを思うやさしい気持ちが丁寧に描かれている名作。原節子さんも素晴らしいけれども、何よりも笠智衆さんがイイ。あの佇まいは何ともいえない。クライマックスで娘の原節子さんが嫁いだ後、家に戻ってくる笠智衆さん。独りだけになった部屋で、服をハンガーにかけるときのあの寂しい後姿。ふいに、目の前のリンゴを静かに包丁でむき始める。その佇まいに涙がでてきた。「東京物語」も素晴らしい。子供達から冷たい態度をとられてしまう老夫婦の寂しさと、その老夫婦に温かく接する次男の妻。ここでも笠智衆さんの佇まいがたまらない。ラストの笠智衆さんの座っているシーンの美しさ。またもや涙。祝日だったこともあり立ち見も出るほどの盛況ぶりだった映画館のいたるところから笑いや啜り泣きがこぼれていた。

現在でも色あせない作品。それにしても戦後間もない時期にこれほどの作品がつくられていたことに驚きを隠しきれない。とってもユーモラスだし、それでいてどこか寂しい。それはやはり小津監督の目線がもたらしている。小津監督の特徴であるローアングルからの撮影。それは畳の部屋で座る人達をちょうど捕らえる目線だ。立っている人達は顔が隠れてしまう。でもその分座っている全景が写るし、部屋の奥の方にいる人は、全体が入り込むようになっている。どこかで聞いた話では、小津監督がそのアングルで撮る姿が最も日本人を美しくみせると言っていたらしい。かつて日本家屋はどこも畳張りで、部屋は襖で仕切られているものの、それを開けるとどこまでもつながっていた。座っている姿をきちんととらえると、その向こうの人の姿まで捉えることができた。その佇まい。そして何より、そこに見える小津監督の美学。

2本見終わると、やけにフラフラした。すごいのを見たショックかと思ったが、冷静に考えたら血が足りないだけだ。それでもやはりすごいのを見れた。渋谷の夜は肌寒かったし、血は足りないわで、フラフラしていたけれども、気分は最高だった。