東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

埼京生活『目から鱗の文章』

チェルフィッチュの芝居について書かれた文章を読んだ。目から鱗とはこういうことなのかと思った。

『「世界」を「世界」たらしめる唯一の手がかりとしての役者の横に、同じく「世界」を「世界」たらしめる唯一の手がかりとしての役者がいて、それらが同時に彼らの「世界」外世界において同じ役者として薄い関係を取り持っている。それがチェルフィッチュの舞台である。』

この文章を書かれた方も言及されているけどチェルフィッチュのお芝居では役者同士の接触がほとんどない。性的なイメージを連想させる言葉もせいぜい情報として語られる(『三月の5日間』においては5日間で消費したコンドームの数が2ダースとちょっとという台詞があった)程度。それなのにどこか性的な雰囲気が漂ってくる。ゆらーっとした身体の動きのせいなのかなんて漠然としたことを思っていたけど、この方はそれをきちんと考察されていた。この方のブログはいつも拝見させてもらっているのだけどほんと毎回刺激をうける。


■ 6日(木)。仕事後、職場の人たちとサッカーをした。職場の方々はたまに仕事場の近くのグラウンドを借りてサッカーをしている。以前は僕もちょくちょく参加していたのだけど、最近は何かと都合が合わず参加できなかった。今回、久しぶりに参加させてもらった。それにしてもこうやって本格的なスポーツで身体を動かすのはずいぶん久しぶりだった。芝居の稽古もそれなりに身体を動かすけどやはりスポーツとは違う。一応、毎日仕事に行くために自転車をこいだり、寝る前にストレッチをやってはいたけどダメでした。膝とか腿とかがすでに痛い。それとスタミナがない。走るとすぐに息があがってしまった。ちょっと身体を鍛えないといかんなぁと思いました。


■ サッカーの後、飲みに行った人たちもいたけど僕は遠慮して先に帰らせてもらった。駅の階段を上り下りするのも辛かった。帰りの電車の中で改めてさっき紹介したチェルフィッチュに関する文章をプリントアウトしたものを読んだ。書かれている内容もさることながらその書き方もすごいなと思う。書き出しにまず例をあげて、それを踏まえてチェルフィッチュの話題に方向を変える。『授業』の例えもすごく判り易いし、北斎の絵と関連させるところなんかぐぐっと見入ってしまう。単純のこの文章がすごく好き。こういうのを批評と呼ぶんだろうなと思う。僕はいつも個人的な好みばかりを書き連ねてしまう。ぼんやりと何か書きたいことはあってもそれを的確な言葉に出来ない。一つの作品に対してこれだけきちんと見解を持てるようになりたいなぁと思う。それにしてもこういう魅力的な文章とめぐりあえるのは本当に楽しいことだ。足の痛さに耐えつつそんなことを思った帰り路でした。