東京から月まで

東京在住。猫と日常。日々のことなど。

埼京生活『板橋を歩く』

■ 16日(日)。仕事場を出たときには雨がポツポツ降っていた。知人が北池袋という駅の近くにある劇場で芝居をやっているのでそれを観に行く。北池袋駅はJR池袋駅から東武東上線という私鉄に乗り換えて1つ目にある駅。仕事場からだとJRで池袋まで行って乗り換えることになるのだけど、その乗換えが面倒でどこかJRの駅から歩いていけないかと地図を見ると板橋駅から歩いて行ける距離にあることが判った。板橋は一度も降りたことがなかったので散歩がてら降りてみることにした。


板橋駅は新宿や渋谷、赤羽と並んで明治18年に作られた駅。これ、明治5年に作られた新橋駅と横浜駅の次に古い。今でさえ埼京線しか通っていない地味な板橋駅がなぜそんなに古くから作られたのかいまいちよく判らなかったのだけど、今回初めて降りてみるにあたり地図をじっくり見ていたらなんとなくその理由が判った気がした。


板橋駅の北西には国道17号中山道)が走っている。中山道板橋駅の手前で二つに分かれ一方は巣鴨から神田の方へ向かい、もう一方は山手通りとして新宿〜渋谷方面に向かう。神田へ向かう中山道明治通りとぶつかる。山手通りは池袋の手前で川越街道とぶつかる。川越街道と明治通りも池袋のまん前で交差する(実際は立体交差になっているけど)。この中山道−山手通り−川越街道−明治通りが歪ながら四角形を形度っており、その真ん中付近に板橋駅が位置する。江戸時代、板橋は交通の中心にあった。だからこそ鉄道の時代にも交通の中心として重要視されたと思われる。推測だけど。


板橋駅はホームが埼京線ホーム一つしかない。その割にホームに接していない線路が多く(おそらく貨物などが通るためのもの)平坦な印象を受ける。駅の西口に降りるとそこは板橋区。東口に下りるとそこは北区になっている。ぴったりではないけど埼京線の線路沿いに区の境目がある。なんとなく面白い。もしかしたらこの区分けは鉄道が開通してから決まったのではないか。


■ 駅の目の前には地図で見たときは確認できなかった旧中山道が通っている。車が通るために整備された現中山道つまり国道17号は車が通るには十分な幅があり貫禄はあるのだろうけど、風情なら断然旧中山道の方がある。道路の脇には歩道などなく、いきなり家が並んでいる。大半の家の一階部分はお店のスペースに当てられている。店の軒先が街道に面している。街道を歩く人たちとお店の距離は近い。


板橋駅の東口つまり北区側の目の前には新撰組隊長近藤勇の墓碑が立っていた。近藤勇は慶応4年(1868年)に板橋宿付近で官軍に捕らえられて処刑された。思いがけず時代の痕跡を見つける。旧時代の終わりとしての近藤勇の墓の目の前に新時代の象徴としての鉄道板橋駅があるのも何かの巡り会わせなのか。とにかくそういったわけでフラフラと板橋駅付近を散歩したのでした。


■ それから知人の芝居を観劇。終演後、知人に挨拶。音響のスタッフで入っていたのは以前1月の自分の芝居でお世話になったSさんだったのでこちらにも挨拶。帰りは池袋まで歩くことに。池袋にもすぐに着いた。この付近、散歩には持ってこいの場所と判明。また来よう。それから巨大な本屋ジュンク堂をぶらつく。中上健次エッセイ撰集(文学・芸能編)(青春・ボーダー編)(恒文社)の2冊が自由価格本という棚に置いてあるのを発見。通常ならばそれぞれ4200円もするのになぜか2冊まとめて1600円で売られていた。不安すぎて定員に確認したけど「1600円です」との返事。なんなんだ自由価格本。とにかくあまりにもうれしくて購入。ついでに保坂和志さんの『カンバセイション・ピース』(新潮文庫)も購入。ホクホク。


■ それから渋谷へ。友人とその知人と会ってお話をした。最初はある件についてアドバイスをということだったのだけど、結果的にはわりと無責任なことをしゃべっていたような気もする。まぁ自分が人様に出来ることなどそんなにないわけでして。とにかくいろいろ歩いた一日でした。


■ 観た映画。

 ウォン・カーウァイ 『ブエノスアイレス

 ヤフーのサイトで無料配信中。ギャオと違ってCMが入らないのが素敵。タダで映画が観られるとはなんて便利な世の中だ。序盤にあるイグアスの滝の空撮シーンで一気に引き込まれる。カエターノ・ヴェローゾの『ククルクル・パローマ』のストリングスが美しい。カエターノ・ヴェローゾといえばウォン・カーウァイも短編を発表している『愛の神、エロス』でも『ミケランジェロ・アントニオーニ』という素敵な楽曲を提供している。

■ 観たテレビ。

NNNドキュメント‘06  『音の記憶 5.1chでよみがえる東京大空襲

戦争を体験してない僕にとって、戦争の話を知ること学ぶことが戦争を実感する手がかりになる。このドキュメンタリーの戦争の音を再現しようとする試みは、戦争を知るため忘れないための新しい試みだと思う。想像して創作する。それは作り物に過ぎないのかもしれないけど、戦争を知らない僕にとって、それでも真摯に戦争と向き合うということは想像して創作していくしかないのだと思う。